自殺の現状
自殺は可能性を失う行為である。平成30年度『自殺対策白書』によると、平成29年度自殺者数は全体で2万1300人である。ここ数年では減少傾向ではあるが、自殺だけで死亡率の約17%を占める。日本の自殺は先進諸国の中でも高く、日本・フランス・ドイツ・カナダ・アメリカ・イギリス・イタリアの中では突出して人口10万人あたりの自殺死亡者数が多い(自殺対策白書, 2018)。自殺の原因として挙げられるのが、「経済的要因」であり、他の要因と比べると顕著である。家庭の経済生活が上手く行かず、自らの将来の可能性を失うのが自殺である。研究の中には、自殺の経済的損失を算出したものもあり、決して無視できない程度の経済的可能性を日本は失っている。
近年では、自殺の年齢層の低下が問題視されてきているが、20歳未満の「子ども」の自殺は特に深刻な状況である。『自殺対策白書』では、子どもの自殺率は数パーセント程度であるが、調査開始時期から減少の傾向は見られず、横ばい状態が続いている。15歳から19歳の子どもでは、死因の第一位が自殺であり、昨年では430件で死亡割合の37%を占める。10歳から14歳の子どもでも、自殺は「悪性新生物」に次ぐ第二位であり、昨年では71件で死亡割合は16%を占めている。子どもの間では、自殺が慢性化しており、前途有望な子どもの可能性が自殺により多く失われている。
しかし、子どもの自殺の原因は未だに明らかにされてはいない。『自殺対策白書』の中でも特に言及されてはおらず、研究も数少ない。大人の自殺のリスク因子として挙げられるのが、社会的つながりの喪失である(柴田, 2014)。トンプソン, グレースとコーエン(2003)は、子どもの自殺の理由として「仲間はずれ」を学校の臨床経験から見いだしている。両者の知見を合わせると、社会であれ個人であれ、何らかの「社会的つながり」の喪失、あるいは「孤独状態」が自殺の背景要因として浮かびあがる。
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本論では、文献学的考察をもとに、子どもの自殺と「社会的つながりの喪失」あるいは「孤独」について一定の見解を示し、子どもの孤独状態を改善し自殺を予防する新たな方針の提案を行う。
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子どもの自殺の原因
20歳未満の子どもの自殺の場合、メディアでは「いじめ」が原因であることがしばしば報道される。確かに、van Geel, Vedder, and Tanilon(2014)の報告通りに、「いじめ」が自殺と関連していることは示唆されている。また、メディアではあまり目立たない「ネット上でのいじめ」も自殺に関連していることも同論文で示されている(van Geel et al., 2014)。
しかし、自殺全体の原因として最も研究されているのが、自傷行為や自殺念慮、過去の自殺企図、そしてうつ病傾向についてである(Boegers, Spirito, and Donaldson, 1998;Ougrin et al.;宇佐見, 2016;Yoshimasu et al., 2008)。概して、大人も含めた自殺のモデルとして提唱されているのが、Yoshimasu et al.(2008)によると、疾患モデル(disease model)と相互作用モデル(Interactive model)の二つのモデルである。上図のように、前者は主に抑うつが自殺に結びつくというモデルであり、後者は、個人的要因として「抑うつ」と「物質依存」、社会的要因として「無職」と「パートナーがいないこと」を挙げ、二つの要因が相互作用して自殺企図に及び、自殺へと至るモデルである。Yoshimasu et al. (2008)は、メタ分析を通して、後者のモデルを支持している。
子どもの自殺の場合、大人とは原因が異なることがしばしば言及されているが、共通している自殺の原因としては、「抑うつ」と「自傷行為」の影響についてである(Boerger et al.,1998; Ougrin et al.2015; 宇佐美, 2016)。Ougrin et al.(2015)は、子どもの自殺企図と自傷行為への治療的介入効果のメタ分析を行い、自殺企図と自傷行為の研究を別で解析するのではなく、両者の研究を合わせて解析した場合にのみ、治療的介入の効果と統計的に有意な結果が得られることを報告している。この結果は、子どもの自殺に関する研究の蓄積が少ないことによると考えられる。しかし、自殺企図も自傷行為もいずれも抑うつ症状に見受けられることを考慮すると、両者に共通する「抑うつ」が治療効果と関連していると解釈する方が妥当である。この解釈の方が、図1の相互作用モデルと宇佐美(2016)の分析結果と一致しており、青年の自殺理由を調査したBoerger et al.(1998)の見解とも合う。それゆえ、子どもの自殺の原因が、相互作用モデルで提唱されていることに類似している。さらに、この相互作用モデルの各要因は、「社会的つながりの喪失」や「孤独」と関連している。このことより、「社会的つながりの喪失」と「孤独」こそが、自殺の原因モデルから導き出される子どもの自殺の原因であるという仮説が成り立つ。
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社会的つながりと健康と死
上記のメタ分析をもとにした考察から、「社会的つながり」と「孤独」が自殺の背景因子として挙げられることを指摘した。本章では、両者が健康や死とどのように関連しているのかを検討する。
疫学的研究から、孤独がウェルビーングの低下や死亡率の増加に影響を与えていることは複数の研究で示唆されている(Holt-Lunstad, Smith, and Layton, 2010;Steptoe, Shankar, Demakakos, and Wrdle, 2013)。また、パトナムが提唱した社会的つながりを示すソーシャル・キャピタルと健康や死への関連性も複数の研究で示されている(Hamano, Fujisawa, Ishida, Subramanian, Kawachi, and Shiwaku, 2010; Kawachi, 1997)。
そのため、人や社会とのつながりや孤独が死と関連することは比較的頑健な知見である。さらに、近年のメタ分析でも、孤独が死と結びつくことが確認されている(Holt-Lunstad, Smith, and Layton, 2010)。他方、孤独は「抑うつ」とも関連することをCacioppo et al.(2006)やQualter, Brown, Munn, and Rotenberg(2010)は報告しており、疾患モデルや相互作用モデルとも一致している。
しかし、これらの研究は、いずれも人や社会とのつながりや孤独が死亡率に関係することを示しているが、どのようなメカニズムでこれらの要因が健康や死に至るのかは明らかにされていない。この現状に対して、Murayama, Fujiwara, and Kawachi(2012)は、上図のように、ソーシャル・キャピタルがどのように健康に影響を与えるのかを過去文献の総括を行うことでモデル化している。Murayama et al.(2012)は「健康を促進する知識の拡散」「インフォーマルな社会的コントロールを通して健康的な行動規準の遵守」「地域のサービスやアメニティへのアクセス増進」「感情サポートや相互尊重を促す心理的プロセス」の四つの可能性を考慮しており、確実な因果関係の特定はこれからの課題としながらも、社会的つながりや孤独がどのように健康や死に働きかけているのかを明確にしている。
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孤独と自殺
図2とこれまでの考察から、社会的つながりと孤独が健康や死に関係することが示唆されている。自殺の二つのモデルから、両モデルにおいて共通する因子が孤独であり、孤独が自殺と関連するという仮説が成り立つ。子どもの自殺と社会的つながり、及び、孤独との関連性を報告した研究は数少ないが(Lasgaard, Goossens, and Elklit, 2011; Page et al., 2006)、概して大人も含めた自殺が社会的つながりや孤独と関連することは指摘されている(Desai, Dausey, and Rosenheck, 2005)。特にソーシャル・キャピタルの研究では、健康全体が研究されているが、精神疾患への影響を調査した研究も多い(De Silva, McKenzie, Harpham, and Huttly, 2005)。他方、より具体的に、労働政策の一貫として社会との「つながり」を作る「積極的労働政策(ALMP)」が自殺率の低下に有効であることが報告されている(柴田, 2014)。柴田(2014)は、OECD26カ国の1980年から2000年までのパネルデータを分析し、孤立した貧困者に介入する労働政策としてのALMPの支出が増えると、自殺率が低下することを示した。これらの研究から、社会的つながりや孤独が自殺と関連し、労働などの社会的つながりの形成が自殺予防に効果的であることが明白になった。
しかし、社会的つながりや孤独がどのようなメカニズムで自殺に結びつくのかは未だに明らかにされてはいない。少数の研究から、孤独が認知機能に影響を与えることが示唆されている(Baumeister et al., 2005;Cacioppo & Hawkley, 2009; Xu et al, 2018)。Xu et al.(2018)は、孤独感の強い実験参加者は、日常生活全般を送る基礎となる実行機能が、孤独をあまり感じていない参加者よりも低下することを示している。他方、孤独が自己抑制機能を低下させることも報告されており(Baumeister et al, 2005)、何らかの社会的ストレスから生じた自殺への抑制力が孤独により低下して自殺企図へと至ると考えられる。
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子どもの孤独
社会的つながりの喪失と孤独は、20歳未満の子どもにおいても無縁ではない。Parker & Asher(1993)は、ソシオメトリーの方法を使用し、20%ほどの子どもに友達やベストフレンドと呼べる人がいないことを報告している。そして、このようなあまり他者に受け入れられていない子どもは、他人によく受け入れられている子どもと比べて孤独をより感じていることも同論文で示されている(Parker & Asher, 1993)。さらに、全体的な受け入れ指標と孤独との間に有意な相関関係がある。
子どもの自殺と社会的つながりや孤独との関連性を調べた研究では、望みのなさや抑うつが自殺に関連することを示している。孤独が「抑うつ」状態や自殺企図に至る疾患モデルと相互作用モデルとを考慮すると、20%の子どもが自殺のリスク因子を持っている可能性は十分高い。また、Asher, Selly, and Renshaw(1984)の報告では、社会的に不満を抱いているかを測定する質問紙の中でほぼすべての項目で、各10%以上の子どもが対人関係や社会的関係に不満を抱いていると回答していることを報告している。
これらの研究結果から、孤独や社会的対人関係に不満を抱く子どもは決して無視できないほど存在している。そして、孤独や社会的不満は、自殺に関連するだけではなく、自殺の予測因子でもある。そのため、孤独を感じている子どもへの対応が自殺を減少させる方法の一つであると思われる。
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結論:つながりを作るために
以上より、子どもの自殺の背景には「社会的つながり・絆の喪失」と「孤独」が認められる。柴田(2014)は大人の研究ではあるが、社会的なつながりを作る政策が自殺率の低下に関連していると報告している。また、これまでの考察と合致し、ソーシャル・キャピタルなど多くの研究分野で同様の結論が報告されている。Fujiwara & Kawachi (2008)の研究やQualter, Brown, Munn, and Rotenberg(2010)の横断的研究では、まさに社会的つながりや孤独が抑うつ傾向の予測因子であることを示している。疾患モデルと相互作用モデル両方においても、孤独が自殺に至る重要なリスク因子であり、孤独の解消が子どもの自殺率低下において重要になると思われる。
子どもの自殺対策としての方針は、上記の文献的考察から「社会的なつながりの創出」か「孤独感の緩和」であると結論づけられる。子どもの死生観の文献的総括を行った杉本, 村端, 橋本(2014)は、子どもは大人と同等の死生観を持つことを明らかにした。杉本ら(2014)の研究は病気を持つ子どもがより良く生きることを目的にしているが、次のような主張は、子どもの自殺に対処するための警告としても解釈することができる。
置かれた環境や状況によっては、大人が思う以上に子どもはわかっているし、感じている。深く生と死について考えている。子どもが死の不安を表現したならば、何か話そうではなく、子どもの話を聞ける姿勢を取るとこである。子どもが話したいと思う時に、話したいことを、話したい人と話せる環境があること、子どもの気持ちを受けとめる誰かがそばにいることが大切である。
子どもの自殺においても、子どもの言葉をありのまま受け止める身近な機関や専門家、子どもの声をすぐに聞くことができる利用しやすい制度が必要とされている。それらを通して、社会的つながりを創出し、孤独を緩和させることが子どもの自殺に対する現実的でかつ有効な対策となるであろう。
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参考文献
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平成30年度『自殺対策白書』
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