・努力は後天的にできるようになるのか?
・努力や練習は遺伝と関係あるのか?
自分のなりたい姿や実現したい目標のために人は努力します。
しかし、努力は辛い側面もあり、長続きせず、挫折することもしばしばです。
その時思うのが、目標に向かって日々行う努力や練習ができるのも、その人の才能ではないのかということです。
果たして、努力や練習は、その人が持って生まれた先天的なものなのでしょうか?
それとも生まれた後の環境要因によって努力や練習ができるようになるのでしょうか?
今回は、遺伝学と心理学を組み合わせた研究からこの問題に取り組みます。
本記事では以下のことが学べます。
2. 音楽スキルのように練習量や努力量がものを言う分野での遺伝の影響と環境の影響
3. エキスパートや専門家になるためには、早期英才教育がいいのか?
4. その遺伝的影響と環境要因について。
- 目次
- ①読解力などの一部の突出した優れた成績を収める能力は遺伝が関係する⁉
- ②努力や練習は才能か?それとも環境か?遺伝の影響度について
- ③音楽の業績は早めに始めた人の方が良いのか?早期英才教育の遺伝学
- ④まとめ
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①読解力などの一部の突出した優れた成績を収める能力は遺伝が関係する⁉
練習や努力の話の前に、優れたスキルを獲得できるのは遺伝と関係があるのかというお話からです。
優れた能力がそもそも遺伝と関係なければ、努力なのかその人の才能なのか問えないからです。
遺伝学では基本的に一卵性双生児と二卵性双生児の双子を研究対象とします。
一卵性双生児は二人とも遺伝子が一緒であり、二卵性双生児は二人の間の遺伝子が50%一緒だと言われております。
この双生児の遺伝子の一致率の違いを利用して、ある行動がどれくらい遺伝の影響が関係していて、どれくらい環境が関係しているのかを調べます。
双子の特性の違いを通して「読解力」に関するスキルが遺伝と関係するのかを調べたのが、Plomin et al. (2014)です。
彼らは、約5000組の双子で、一万人以上ものサンプルを使用して、12歳時に受けた読解力テストを分析しました。
彼らは、読解力テストの成績上位5%を成績優秀者(エキスパート)と呼んで、一卵性双生児と二卵性双生児とがそれぞれどれくらいエキスパートに入っているのかを調べています。
すると、一卵性双生児では片方がエキスパートでもう片方もエキスパートである一致率は69%で、二卵性双生児では38%でした。
二倍以上の差があり、読解力で成績優秀者になるには遺伝の影響力がそれなりに大きいことが伺えます。
また、トップ5%と一卵性双生児と二卵性双生児との成績の違いを示しているのが以下の図です。
上が全サンプルの成績と、赤で表示されているのがトップ5%のエキスパートの値です。
真中のMZは一卵性双生児で、下のDZは二卵性双生児の値です。
すると、一卵性双生児の方が二卵性双生児よりも右側に寄っており、一卵性双生児のサンプルの方が成績が高いことがわかります。
それを数値で示しているのが、下の図の数字です。
μは全サンプルの値、CMZが一卵性双生児の値、CDZが二卵性双生児の値、Pがトップ5%の値です。
すると、一卵性双生児は二卵性双生児よりも値が高く、トップ5%にかなり近いです。
この研究より、突出した成績を収められるかは、遺伝の影響がある程度あることがわかります。
では、この遺伝の成績への影響は、スキルそのものの影響なのか?それとも努力や練習と関係するものなのでしょうか?
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②努力や練習は才能か?それとも環境か?遺伝の影響度について
先ほど、優れた成績を収めることは遺伝の影響がある程度あることを見てきました。
優れた成績を収めるのには、相当の努力や練習が必要です。
では、努力や練習への遺伝の影響はどのくらいなのでしょうか?
Mosing et al. (2014)は、1万5千名もの双子を調査し、音楽スキルと練習時間への遺伝の影響を調べました。
音楽スキルとは、リズム、メロディ、音程の三つがそれぞれちゃんととれるかという能力です。
その結果が以下の図です。
この図は、上の図が女性で、下の図が男性です。
横軸は、左がリズム、真中がメロディ、右が音程をそれぞれ示します。
一番右の欄は、練習時間を示しています。
縦軸のACEは、Aが遺伝、Cが家庭環境など双子で共通した環境要因、Eが全くの外部環境(要因)の影響度をそれぞれ示しています。
男女それぞれを見ると、音楽スキルは遺伝的要因が10~60%とかなり能力ごとでばらつきがありますが、女性の方がどのスキルでも遺伝的要因が大きいようです。
一方、男女とも、Eの値がどのスキルでも40~50%と高く、外的環境要因の影響が結構大きいです。
では、問題の練習時間の遺伝的影響はどうか?
女性が41%で、男性が69%と結構高めです。
背の高さなどは、遺伝的影響がだいたい70~90%と言われております。
男性での69%はかなり高いです。
確かに、音楽スキルも練習時間も遺伝的要因の影響はありそうですが、必ずしも遺伝や才能のみによって決まるわけではなさそうです。
なお、この研究に加えて、Hambrick & Tucker-Drob (2015)の研究では、全く練習しなかった人と時々あるいは頻繁に練習した人とで、遺伝の影響力が異なることを示しています。
それが以下の図です。
この図の右側のグラフを見てください。
左側が練習を全くしない人で、右側が練習をした人の遺伝と環境の影響度の割合を示しています。
棒グラフの黒が遺伝、ねずみ色が家庭環境などの共通した環境要因、濃いねずみ色が全くの外部的環境要因をそれぞれ示します。
すると、練習していない人では、家庭環境など共通している環境要因が大半を占めており、スキルはほぼ環境によります。
一方、練習する人では、遺伝が4割、共通した環境が4割を占め、スキルの約40%ほどが遺伝の影響であることがわかります。
これら二つの研究を合わせると、努力や練習の遺伝的影響は40%ほどであり、それなりに遺伝が影響すると思われます。
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③音楽の業績は早めに始めた人の方が良いのか?早期英才教育の遺伝学
最後に、早期英才教育がどのくらい音楽のその後の業績に影響するのかを見ていきます。
例えば、プロ野球では、三歳とか早い段階でそのスポーツに触れさせていたというエピソードがたくさんあります。
なので、早期英才教育がその後の活躍に良いのかどうかは気になるところです。
しかし、早期に始めることは、他の人よりも練習時間と量が多いことでもあります。
重要なのは、始める時期なのか?それとも練習量なのか?
それをプロのミュージシャンと双子とを比べたのがWesseldijk et al. (2021)です。
彼らは、音楽の適性(スキル)と音楽の達成度(どれくらいすごい業績を成し遂げたか)の二つの指標が、年齢と練習時間と関係するのかを調べました。
その結果が以下の図です。
上半分の図は、プロのミュージシャンの結果です。
下半分は、双子の結果です。
Musical aptitudeが音楽の適性で、Musical achievementが達成度です。
横軸は、適性と達成度に影響する要因を示しています。
Sexが性別、Ageが年齢、Age of onsetが音楽を始めた年齢、Total practiceが練習時間です。
図の数字がプラスになるほど、片方が大きくなるともう片方も大きくなる関係性を示しています。
マイナスになると、片方が小さくなるともう片方がに大きくなる関係性を示します。
太字は、統計学的に意味のある関係性を示しており、太字にのみ注目してください。
まず、上の図のプロのミュージシャンですが、音楽の適性についてはAge of onsetが関係しており、音楽を始めた年齢が低い=早く音楽を始めた人ほど高くなることがわかります。
一方、達成度に関しては、性や年齢の影響もありますが、練習量が関係するModel 2だとAge of onsetは関係なくなります。
なので、音楽で偉業を達成するには、早めに始めるよりも練習量が大切なのです。
下の図の双子の結果を見ます。
まず、適性に関しては、全ての項目で有意であり、練習時間を考慮しても、早期に音楽を始めると適性は高まります。
しかし、達成度に関しては、プロのミュージシャンと同様に、練習が関係してくると始めた時期は重要ではなくなります。
なので、解釈としては、音楽の適性は早めに始めた方が高くなりますが、偉業を成し遂げるには練習量がものを言います。
適性や達成度の遺伝的影響は、それほど高くないですが、ある程度関係すると同じ論文で言及されています。
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④まとめ
以上より、努力と練習の遺伝的影響について見てきました。
まとめると以下のようになります。
- あるスキルで優れた成績を収めるには、遺伝的影響がある程度ある。
- 音楽のスキルには遺伝的影響が少しある。
- 音楽の努力や練習時間には、遺伝的影響が結構ある。
- 早期英才教育は、適性や能力面では良いものの、業績や達成度では練習量の方が大事。
- どの研究でも、遺伝的影響があるものの、遺伝が全てではない!
「○○には遺伝の影響がある」ということと「○○は遺伝が全て」とは全く違います。
背の高さや顔や手でも、基本的に遺伝の影響が全てではありません。
行動の遺伝学の研究を見ていると、大体40%くらいの影響力のものが多い印象です。
しかし、努力や練習のように一見後天的に見える特性でも、遺伝の影響があることはある程度知っておくといいかもしれません。
努力や練習ができないことで自分を責めるのではなく、できなくても個性だと自分を受け入れるように捉えるといいかもしれません。
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参考文献
Hambrick & Tucker-Drob (2015). The genetics of music accomplishment: Evidence for gene-environment correlation and interaction. Psychological Bulletin Review, 22, 112-120.
Mosing et al. (2014). Practice Does Not Make Perfect: No Causal Effect of Music Practice on Music Ability. Psychological Science, 25(9), 1795-1803.
Plomin et al. (2014). Nature, nurture, and expertise. Intelligence, 45, 46-59.
Wesseldijk et al. (2021). Why Is an Early Start of Training Related to Musical Skills in Adulthood? A Genetically Informative Study. Psychological Science, 32(1), 3-13.
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