・なぜ年功制や部署移動のような謎制度が変わらないのか?
・日本型の雇用慣行は終わっている。
日本の雇用には独特の習慣がある。
例えば、新卒一括採用、年功序列制度、部署移動など
最近、ようやく新卒一括採用と年功序列制度が見直されるようになってきた。
しかし、そうはいっても、このような日本の雇用慣行はなぜ変わらないのか?
非効率だと誰もが思っているのに。
そんな疑問を解き明かしたのが、小熊英二『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』である。
小熊氏の興味深い研究成果であり、読む価値ありの一冊です。
今回は、『日本社会のしくみ』から、現代日本の特徴的な雇用慣行である、新卒一括採用・年功序列制度・部署移動・人事考査について取り上げます。
そして、なぜ非効率な雇用慣行が変わらないのかについて考えます。
なお、ご紹介する内容は、本書のほんの一部です。
ぜひ購入して一読していただくといいと思います。
本記事では以下のことが学べます。
2. なぜこれらの雇用慣行が今までずっと続いてきたのか?
3. なぜ非効率だと分かりながらもこれらの慣行が変わらなかったのか?
4. 雇用慣行や習慣を変えるのがいかに難しいのか。
- 目次
- ①日本の不思議な雇用慣行1:新卒一括採用
- ②日本の不思議な雇用慣行2:年功序列制度
- ③日本の不思議な雇用慣行3:部署異動
- ④日本の不思議な雇用慣行4:人事考査
- ⑤日本の不思議な雇用慣行を変えるには?
- ⑥まとめ
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①日本の不思議な雇用慣行1:新卒一括採用
現在の日本の就活を見ると新卒一括採用がいかに大きな行事なのかがわかります。
大学三回生くらいからインターンや企業説明会に参加→
大学四回生の4~6月企業説明会や企業調査→
選考が解禁され企業面接や書類選考が始まる(中には解禁される前から始めている企業も)→
大学四回生8~10月くらいには内定が出る。
このように、最近では就活の長期化もあり、約二年間も就職に没頭しないといけません。
大学の二年間と言うと大学生活の半分です。
勉学か就活かどちらが大切なのかわかりません。
このような非効率な雇用慣行はどのように生まれたのでしょうか?
小熊氏は、明治期の日本の官庁で高等教育を受けた学生が不足するという事態が発端だといいます。
省庁側は、増加する行政需要に対し早急な人材供給を求めていた。このため、大学卒業生は優遇されていた。帝国大学法科・文科卒業生は、行政官としての専門学を学んでいるとされ、無試験で試補に採用される特権があった。
そして、文官試補試験が制定されているのにも関わらず、人材不足を解消するために、省庁は高等試験の合格者よりも無試験の帝国大卒業生を試補に採用する方を選びました。
すると、どうなったか?
無試験の帝国大学卒業生が優先的に採用される一方、試補試験合格者の需要は減った。
つまり、一般的な試験で合格して官庁に勤める人よりも、大卒者の方が雇用面で優遇されたのです。
しかし、そうすると試補試験が機能しなくなります。
それを食い止めるために、帝国大学卒業生の特権を廃止して、省庁を希望する全員に文官高等試験を義務づけました。
ただし、この時同時に進められたのが、文官高等試験に合格すれば、試補としての試用期間を経ずに官僚として執務できるような制度です。
試験は受けさせるが、人材不足解消のためには試用期間を無くすしかない。
すぐに働いてもらうということ。
するとどうなったのか?
各省庁は、従来通り帝国大学卒業生を確保したうえで、採用後に試験を受けさせた。優秀な学生を七月の大学卒業と同時に、属官として採用し、十一月の文官高等試験まで事実上の休暇を与えて、試験準備にあたらせたのである。
結局は、大卒生が優先的に採用され、その後に取って付けたかのように試験を受けさせる。
こうして、大卒者優位の一括採用が始まったのです。
新卒一括採用には、明治期からの古い伝統があるのです。
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②日本の不思議な雇用慣行2:年功序列制度
最近では、成果報酬制度が採用されている企業も増えていますが、未だに生産性の低い年功序列制度を採用する企業も多い。
成果報酬制度と年功序列制度について過去に記事を書きました。
こちらも合わせて読んでいただけると幸いです。
では、なぜ年功序列制度がここまで浸透したのか?
小熊氏は、新卒一括採用と同様に、明治期が起源だと述べています。
具体的には、1886年に出された高等官官等俸給令をあげています。
この俸給令は、一つの官等に五年以上勤務をしなければ、より上位の官等に昇進できないことを定めたのだった。
これは明確に年功昇進を打ち出しています。
この年功昇進制度は、当時の陸海軍や官庁にまで採用されていたのです。
1874年の陸軍武官進級条例の第四条には、ある官等に一定以上の年数在籍しなければ進級できない「実役定年」という規定があった・・・ある階級に「停めおく」年数を、「停年」としていたのである。海軍もまた、同様の制度を設けていた。武官にこうした規定があったため、文官もこれに倣ったとも考えられる。
年功昇進は、明治期に国でも採用されていた歴史のある制度だったのです。
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③日本の不思議な雇用慣行3:部署異動
日本の雇用慣行でもわけがわからないもの上位に君臨するのが、部署異動です。
おそらく、多くの企業では「様々な経験を積ませたいから」という理由で行っていると思います。
しかし、この部署異動は日本独特のものであり、欧米ではありえない制度です。
この詳細も『日本社会のしくみ』に書かれていますので是非お読み下さい。
では、この部署異動はいつ生まれたのか?
これも、新卒一括採用と年功序列制度と同様に明治期です。
先ほど、年功昇進について述べました。
その後、高等官俸給令が何度か改訂されて最終的には、昇進制限期間が二年に緩和されました。
すると、同時に生じたのが部署異動です。
このことはしかし、想定外の効果を生み出した。すなわち、文官高等試験合格者・・・が入省後、二年ごとに部署を移動しながら昇進するという慣例をうながしたのである。
なぜなのかは明確には記述されていませんが、もともと高等官俸給令の規定では、「昇進のための最低年限を決めただけで、二年で昇進させると規定したものでは」ありませんでした。
これこそ習慣や慣行の最たるものです。
なんとなくで生まれた制度慣行ですね。
このなんとなくで生まれた部署異動の制度ですが、次のような結果を生みました。
さらにこうした昇進制度によって、官吏として昇進するには、新規学卒ですぐ任官し、内部昇進するのが有利となった。低い官等に年齢が高くなってから就いても、昇進に年齢的にな制限がきてしまう。
二年ごとの部署異動があるため、大学卒業後の22歳くらいに入る人は、その後に入る人よりも、有利です。
昇進する時期が決まっていて、いろんな部署の経験も積めるため、様々な面で新卒者が昇進しやすくなります。
この部署異動制度は、新卒一括採用とも相性が良かったのです。
こうして慣行が定着しやすかったのです。
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④日本の不思議な雇用慣行4:人事考査
人事考査も日本の独特の慣行です。
特に、「人物重視」などという曖昧な規定があるのが特徴。
このような人事考査制度はどのように出てきたのでしょうか?
小熊氏は、『日本社会のしくみ』の最初の方で、欧米と日本の雇用の違いを述べています。
詳細は、本書にゆずるとして、大切な部分のみをご紹介しますと、欧米では職務が決まっていて、職務単位で雇用されます。一方、日本では、企業単位で採用され職務は明確ではありません。
それゆえ、職務が明確でないぶん、何を基準に昇進を決めるのかという問題が出ます。
それに対して、
結論からいうと、戦前の官庁で基準となったのは、勤続年数と成績だった。
つまり、明治当初は、文官高等試験の順位と大学の成績でした。
しかし重要なのは、「こうした成績重視の慣習は、採用や昇進だけではなく、日常生活までつきまとった」ことです。
ちなみに、陸海軍も同様の制度を採用しています。
ただし、「試験成績だけでなく、総合的な人物評価も制度化されていた」のでした。
これが(人事)「考課(考科)」だと小熊氏も述べています。
最初は、大学や試験の成績によって昇進が決まっていましたが、慣習として人物評価も入っていたのです。
これが現在の人事考査の起源になります。
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これらの四つの雇用慣行から、小熊氏は以下のようにまとめています。
こうして一連の慣行が、明治中期までに官庁や軍隊で形成された。それらは、日本の近代化のあり方を背景としていたが、当初は臨時措置や突発的事件といった偶然から始まったものも多かった。だが、あたかもいったん敷かれたレールがその後の軌跡を決めていくように、それらの慣行は社会全体に影響していったのである。
日本の不思議な雇用慣行の中には、明確な理由もないものもありますが、明治期にまでさかのぼることができます。
そして、その歴史が現在にまで続いているのです。
しかし、歴史的に形成された雇用慣行が必ずしも正義だとは限りません。
実際に、経済学や経営学の研究では、こうした雇用慣行が非効率であることが示されつつあります。
現在、これらの雇用慣行を変えようとしている風潮もあります。
では、この雇用慣行を変えるにはどうしたらいいのでしょうか?
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⑤日本の不思議な雇用慣行を変えるには?
最後に、これらの雇用慣行を変えて現代の私たちにとって良い制度にするにはどのようにすればいいのかを考えます。
小熊氏は、社会のルールについて考察しています。
「しくみ」を変えることは、そう簡単ではない。それは歴史的な過程を経て築かれた合意であり、慣習の束であるからだ。・・・慣習とは、長い日常行動の蓄積で体得されたものだ。・・・人間は自らの歴史をつくるが、それは過去から受けついだ所与の状況という、一定の制限のもとにおいてである。ある社会の「しくみ」とは、定着したルールの集合体である。人々の合意によって定着したものは、新たな合意を作らない限り、変更することはむずかしい。
なんとも絶望的な回答です。
しかし、糸口はあります。
それは、新たな合意を作るということです。
社会のルールが多数の合意によって成り立っているのだとすれば、新たな合意を生み出せばなんとかなるのではないでしょうか?
しかし、そのような合意を得ることも難しいと小熊氏は述べます。
ルールを無視して一方的に利害を追及すれば、合意が成立しなくなる。相手の合意を得て、自己の利害を達成するためには、ルールを守らざるを得ない。そのことによって、ルールは少しずつ変形されながらも、維持されている。
では、八方塞がりなのか?
具体的な変更方法は何かないのか?
小熊氏は、具体的な言明を避けますが、私たちに雇用慣行を変えるためのヒントを残しておられます。
もっとも重要なこととは、透明性の向上である。この点は、日本の労働者にとって不満の種であると同時に、日本企業が他国の人材を活用していくうえでも改善が欠かせない。
具体的には、採用や昇進、人事異動や査定などは、結果だけでなく、基準や過程を明確に公表し、選考過程を少なくとも当人には通知することだ。これを社内/社外の公募制とくみあわせることができれば、より効果的だろう。
つまり、情報の開示や過程の見える化です。
例えば、どのような理由で、自分が昇進したのか?
それを人物評価などという曖昧な理由にせずに、ちゃんと説明できる体制にまずは整える。
そういう地道なところからの変革がカギだということです。
そのような地道なところから変革し、その変革が有意義だと公的に認められれば、相手の合意を得られやすくなります。
相手の合意を得られると、ルールや雇用慣行の変更ができるようになります。
そのための第一歩が、プロセスの明確化ということです。
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⑥まとめ
以上をまとめると
- 新卒一括採用・年功序列制度・部署移動・人事考査には明治期からの歴史がある。
- 雇用慣行をすぐに変えることは難しい。
- まずは情報の開示やプロセスの明確化など透明性の向上が糸口
- 変革は地道な作業になるが、相手の合意を得て雇用慣行を変えるにはこの方法を今のところ取るしかない。
雇用慣行は日本に根付いているため、すぐに変更することは不可能です。
実際、成果主義制度導入ですら難航しています。
焦らずゆっくり変えていくしかないということですね。
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