・錯覚によって私たちの認識は歪んでいるのかな?
・錯覚の脳内メカニズムと原因を知りたい。
「錯覚」とは心理学では「錯視」と総称されますが、日常生活にたくさんあります。
同じ大きさなのに、違うと錯覚したり、何もしていないのにフラッシュが見えたりします。
現在見つかっている錯覚は膨大にあります。
ではなぜそれほどまで錯覚が生じるのでしょうか?
今回は脳科学の観点から錯覚のメカニズムと原因と意味について考えます。
錯覚は実は人間には欠かせない能力と関係しています。
本記事では以下のことが学べます。
2. 錯覚がなぜ生じるのか?
3. 錯覚の脳内メカニズム
4. 錯覚の原因と意味
5. 錯覚は人間に必要なのか?
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①日常に潜む様々な種類の錯覚:視覚・触覚・聴覚から探る錯覚の脳活動
錯覚には、様々な種類のものがあります。
主に視覚だけだという印象を抱いている方も多いと思いますが、触覚や聴覚など様々な知覚でも起こります。
視覚の錯覚の脳内メカニズム
視覚の錯覚については膨大に研究されています。
その代表的なものが、「ミュラーリヤー錯視」と呼ばれる錯覚です。
この図のように、矢印の羽の角度によって水平線の長さの知覚が変化します。
図bは左右で同じ長さですが、左側の方が長く見えます。
この錯視図形について脳活動を調べたのが、Weidner & Fink(2007)です。
彼らは、図bのように、羽の角度を変えて同じ長さかどうかを判定させることで錯覚を調べました。
比較するために羽がまっすぐの場合をコントロール条件としました。
すると以下の結果になりました。
この図は錯覚を起こしている時の脳活動を示しています。
赤く光っているところが錯覚に関係する領域です。
すると、左の図のように、脳の後ろの方(左側)と脳のてっぺんの方が赤くなっています。
これらの領域は後頭葉と頭頂葉です。
後頭葉は視覚に関する脳領域で、頭頂葉は空間の知覚と情報の統合に関する領域です。
つまり、錯覚は視覚と情報の過剰な統合によって作り出されているのではないかということが推察されます。
この統合という言葉は今回のキーワードでもあります。
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触覚の錯覚の脳内メカニズム
次は、触覚の錯覚です。
意外に知られていないのですが、触覚でも錯覚は生じます。
触覚でも錯覚が生じるとなると、私たちの認知に信用が置けなくなりそうです。
この触覚の錯覚の脳内メカニズムを調べたのが、Blankenburg et al. (2006)です。
彼らは下図のように、手に電極を貼り、それぞれの電極を刺激することで触覚の錯覚を起こしました。
錯覚の条件が右図に載っています。
左が、下に3回・真中に3回・上に3回の刺激を与える条件。
真中が、下に6回・上に3回刺激を与える錯覚条件。
重要なのが、この条件で、真中に刺激をしていない点です。
右側が、下に3回・上に3回・下に3回のコントロール条件です。
すると、実験結果として、錯覚条件で真中の電極でも刺激があったと答える実験参加者がいました。
その確率90%です。
真中に刺激していないのに、刺激があると答えるのですね。
その時の脳活動が以下の図です。
図A~Cは、触覚を感じる脳領域を表しています。
重要なのは、図Dです。
この図は、縦軸が脳活動量を表しており、横軸が各条件を表しています。
コントロールが二つありますが、無視で結構です。
重要なのは、一番左の錯覚条件で、脳がコントロール条件よりも有意に活動しています。
これは、左側から二つ目の真中に刺激を与えた条件と同様の活動量です。
さらに重要なのは、下図のように前頭葉の活動が錯覚条件では見られることです。
この図も見方は先ほどと同じです。
図Dを見ると、錯覚条件(一番左)がコントロール条件よりも活動しています。
これらの結果は何を意味するのでしょうか?
論文にも書かれていますが、錯覚が起きている時に前頭葉が活動しています。
前頭葉は、トップダウン的に判断して「こうだ」と決めつける働きがあります。
つまり、錯覚している時は、感覚のボトムアップよりもトップダウンが優位に働いて、「おそらく刺激を受けているだろう」と判断されて錯覚しているのだと思われます。
情報の統合と同時に、前頭葉のトップダウン機能も今回のキーワードです。
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聴覚の錯覚の脳内メカニズム
次に、聴覚でも錯覚は生じます。
代表的なのが、救急車の音で、救急車の位置によってピーポーピーポーの音が変化します。
同じ音なのに不思議ですね。
そのような音の錯覚について調べたのが、Bonath et al. (2007)です。
彼らは下図Aのように、音の発信源を答える課題を実験参加者にさせて、音と同時に左右どちらかのライトが点滅することで音の方向性の錯覚が生まれることを示しました。
また、その時の錯覚を起こした時の脳活動が図Bになります。
左側の図が、音が真中から発しているのに、左のライトが点滅することで、左から音が出ていると錯覚している時の脳活動。
右側の図が、その右バージョンです。
脳活動は、左のものは右脳が、右のものは左脳が基本的に処理します。
図BのC4とP4は、聴覚に関係する側頭葉と情報の統合に関係する頭頂葉を表します。
この傍線で重要なのが、青色の線です。
その他はコントロール条件ですが、C4とP4とでねずみ色にマークされているところで、有意に青色の活動が見られます。
これは、右図のC3とP3でも同じです。
つまり、聴覚の活動と視覚の活動が頭頂葉で統合されていることを意味します。
本来、音とライトが別々に発せられると、錯覚は生じません。
しかし、両者が同時に発せられると、脳が視覚と聴覚の情報を統合して錯覚が生じます。
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②高次の錯覚の脳内メカニズム:体型・お金・発話の認識の錯覚の脳活動
視覚・触覚・聴覚などの基本的な知覚に関する錯覚を見てきました。
実は、錯覚にはもっと複雑で高次の認識に関わるものもあります。
体型の認識の錯覚の脳内メカニズム
女性も男性も悩む体型の認識に関して錯覚が生じ、その脳内メカニズムを探ったのが、Ehrsson et al. (2005)です。
彼らは下図のように、体に触れているか、腱に触れているかで体型の認識に違いがあることを主張しています。
彼らの研究結果では、図AとB両方とも右下の腱に触れている時に、体型が縮んだと錯覚することを示しています。
その脳活動が以下の図です。
この図は、左側の黄色く光っている部分が腱に触れている時に自身の体型を錯覚したときの脳活動です。
この脳領域は頭頂葉で、情報の統合に関する部分です。
触覚の時の脳領域と同様です。
右の棒グラフを見ると、一番左の腱に触れている条件が他のコントロール条件よりもより脳が活動していることが分かります。
この研究からでも重要なのが、情報の統合です。
自分の体型の認識が触覚と統合されることで、錯覚が生じます。
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お金感覚に関する錯覚の脳内メカニズム
次に面白いのが、お金に関する錯覚です。
この錯覚の脳内メカニズムについて調べたのが、Weber et al. (2009)です。
実験参加者は、課題を行うことでお金を得る実験をします。
そこで得られたお金を使って、カタログにあるモノを買えるという設定を作りました。
この時に、お金を得る金額が50%高く、かつカタログの金額も50%高い高金額条件と、お金もカタログも普通の低金額条件を設定しました。
本来、得る金額もカタログも同じ割合高くなるだけなので、高金額条件も低金額条件も金銭感覚としてそれほど変わりません。
しかし、脳活動は有意に変わります。
それが、下図です。
図Aが高金額条件で有意に活動した領域です。
図Bは、縦軸が、図Aの前頭葉の活動量です。
横軸は、獲得した金額ごとで条件に差が出たかどうかを示しています。
すると、どの条件でも、青の高金額条件の方が活動していることがわかります。
0円の時は差が逆転していますが、おそらく統計的に意味のある差ではないでしょう。
つまり、脳活動から前頭葉の働きにより、錯覚が生じている可能性があります。
おそらく、高金額条件の方が、得した気分になっていると思われます。
実際に論文でも、報酬に関係すると述べています。
しかし、これまでの研究を考慮すると、前頭葉のトップダウン的な役割も関係していることは否めません。
というのも、実験では、自分が今高金額条件なのか低金額条件なのかを知っているからです。
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錯覚の脳内メカニズムの原因と意味
最後に、錯覚の脳領域で重要な領域がどこかを探る研究をご紹介します。
Kamke et al. (2012)は、TMSという刺激装置を用いて特定の脳領域の活動を抑えた時に、錯覚するかどうかを調べました。
彼らは、音とライトの点滅により、音が二回鳴らされるとライトが一回しか点滅していないのに、二回点滅したと錯覚する現象を利用しました。
それを表しているのが、図Aです。
図Bは、何度もこの記事で登場した頭頂葉の領域です。
緑・赤・黄の領域をそれぞれ抑制した時に、点滅したと錯覚するかどうかを調べています。
その結果が以下の図です。
縦軸は、点滅していないと正しく答えられた割合です。
つまり、錯覚していない度合いを表します。
棒グラフが短いとその分錯覚していることになります。
横軸は、先ほどの頭頂葉の抑制する領域です。
左が、先ほどの緑の領域、真中が赤の領域、左が黄の領域です。
黒とねずみ色は無視で結構です。
Illusionが錯覚を起こす条件で、controlが錯覚を起こさない条件です。
すると、真中の赤の領域を抑制した時に、錯覚の割合が低くなっている(棒グラフが高くなっている)ことがわかります。
その他の領域では、あまり錯覚の割合は変わりません。
つまり、頭頂葉の情報統合が錯覚を生み出すのにかなり重要な役割を果たしていることが示されました。
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③まとめ
以上より、錯覚の脳内メカニズムについてご紹介しました。
まとめると以下のようになります。
- 錯覚は視覚だけではなく、聴覚や触覚でも生じる。
- 知覚の錯覚の脳内メカニズムとして、頭頂葉の情報統合と前頭葉のトップダウン機能が関係している。
- 高次の認識でも錯覚は生じる。
- 高次の錯覚でも、頭頂葉の情報統合と前頭葉のトップダウン機能が関係している。
- 特に、頭頂葉の情報統合は錯覚が生じるのに重要な役割を果たす。
錯覚のメカニズムとしては、本来生じていない感覚や認識を情報統合やトップダウン的な機能で補うことで生まれるということ。
特に、聴覚と視覚のような複数の感覚が関係する錯覚では、頭頂葉の情報統合が重要になります。
さらなる研究が必要ですが、前頭葉のトップダウンとの関係も気になるところです。
すると、錯覚の意味とは、人間が認識豊かなゆえに生じる一種の能力ということになりそうです。
錯覚の解明は人間の知覚や認知の解明に役立ちます。
これからの研究が楽しみです。
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参考文献
Blankenburg et al. (2006). The Cutaneous Rabbit Illusion Affects Human Primary Sensory Cortex Somatotopically. Plos Biology, 4(3), e69.
Bonath et al. (2007). Neural Basis of the Ventriloquist Illusion. Current Biology, 17, 1697-1703.
Ehrsson et al. (2005). Neural Substrate of Body Size: Illusory Feeling of Shrinking of the Waist. Plos Biology, 3(12), e412.
Kamke et al. (2012). Parietal disruption alters audiovisual biding in the sound-induced flash illusion. NeuroImage, 62, 1334-1341.
Weber et al. (2009). the medial prefrontal cortex exhibits money illusion. PNAS, 106(13), 5025-5028.
Weidner & Fink (2007). The Neural mechanisms Underlying the Mueller-Lyer Illusion And Its Interaction with Visuospatial Judgements. Cerebral Cortex, 17, 878-884.
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