政治/politics 本・解説/Book・Review

新しい民主主義のあり方:熟議民主主義という市民の議論を重視する民主主義

 

・日本は民主主義の国なのに民意が反省されているようには思えない。

・日本の国会を見ていると議論しているようには思えない。

・何か現代民主主義に代わる新しい方法はないのか?

日本は民主主義の国です。

民主主義というと、選挙で当選した人が集まってみんなで議論する。

それから、意見を多数決で決めるというやり方が基本です。

しかし、現在の日本の民主主義を見て見ると、到底理想とは言えない状況。

議論の余地があるのに強行採決したり、議論自体がお粗末だったり。

これでは、民意を反映した民主主義政治など不可能です

そんな状況に警鐘を鳴らし、新しい民主主義の方法を提案しているのが、フィシュキン『人々の声が響き合うとき 熟議空間と民主主義』です。

本書では、現在民主主義に代わる「熟議民主主義」について解説し、その有効性を示しています。

では、熟議民主主義とは何でしょうか?

熟議民主主義は私たちにどのような恩恵を与えてくれるのでしょうか?

フィシュキン『人々の声が響き合うとき 熟議空間と民主主義』を基に民主主義のあり方について考えます。

本記事では以下のことが学べます。

・フィシュキン『人々の声が響き合うとき 熟議空間と民主主義』の要約と概要

・現代民主主義の問題点

・熟議民主主義とは何か?

・熟議民主主義の方法


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①民主主義がなぜうまく機能しないのか?現代民主主義の問題点

民主主義とはそれほど難しい方法論ではありません。

普通にちゃんとしていれば、上手く機能するはず。

しかし、現代日本では上手く行っていません。

フィシュキンは、政治的平等(政治への関与)熟議ができていないからと言います。

では、この両者ができていないのはなぜか?

その理由を四つ挙げています。

1) 一般市民は情報を自分から積極的に求めない

第一に、大衆社会においては、市民に情報を積極的に求める気にさせるのは困難である。

最初にフィシュキンが挙げているのが、市民の問題への態度についてです。

一般市民は、日常生活を送る中で、積極的に政治に関心を持っていないといいます。

それゆえ、政治や経済の問題に無知のままであると。

人々の政治問題や政策に関する知識は、たいてい判を押したように不十分である。

市民には相反する意見を吟味しうるほど十分な知識と情報に基づいて投票をおこなってもらいたいものだ。しかし、人々の大半は多忙な日々を送っている。市民全員が相当量の情報を得られるような民主主義を実現するには、あまりに頻繁に会合を開かなければならなくなるだろう。

無知のままですと、投票も偏ってしまいます。

この偏りが、何百万人と続けば、それは民主主義を機能させなくするほどのものとなります。

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2) 一般市民は自分の意見を持っていない

第二に、世論調査がその名にふさわしいほど、世間は「意見」と言えるほどの意見を持ってはいない。

二つ目は、一つ目と関係しますが、無知ゆえ自分の意見というモノがない人が多いとフィシュキンは指摘します。

たとえ「意見を持っている」人でも、その意見は、受け売りであったり、新聞やメディアの情報や意見の丸パクリだったりします。

多くの事柄に関して人々は意見を持っているものだが、なかには「その場の思いつき」にすぎないものもある。サウンドバイトや新聞記事の見出しで見かけただけの、うろ覚えの情報を口にしているだけで、説得産業の専門家たちが磨きあげた印象操作のテクニックに非常に影響されやすい。

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3) 議論することがないし、たとえあっても自分と同じ意見の人とばかり議論する

第三の問題点は、政策や政治問題について論じることがあっても、人はたいてい自分と似たような人々と論じ合うにすぎない、ということだ。つまり、議論の相手は自分と同じような背景や社会的立場、見解の持ち主なのである。

三つ目の問題点は議論の相手

普通、議論とは、意見が異なり合う同士で交わして、有意義な意見を作り上げることです。

しかし、一般市民は、そういった自分とは相反する人と議論しません。

それゆえ、意見が偏ります。

意見の偏りは、投票等でも現れるため、民主主義の機能を阻害します。

異なる政治信条を持つ相手と実際に議論を交わし、意見を傾聴するというのはあまりにも多大な労力を必要とするだろうし、不愉快な思いをさせられるような会合を何度も持たなければならない

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4) 意見や情報の操作がされやすい

大衆社会で頻繁に見られる世論の第四の問題点では、操作されやすいということにある。

四つ目は、現代社会だからこそ生じる問題点です。

つまり、印象や情報の操作によって意見が左右されやすいことです。

議論を基に確固とした意見を持つ人が少なく、さらに意見や情報が操作されている。

そのため、人々は誤った情報を信じたり、メディアの影響を受けたりする。

これも、健全な民意の形成とは程遠くなります。

民主主義が機能していたとしても、偏ってしまうでしょう。

政治に関与しない、情報を持たない一般市民は、熟議にもとづく確固とした意見を持つ一般市民よりも容易に意見を操作されてしまう。なぜなら、第一に、そういった個人の意見はころころと変わりやすいからだ。・・・第二に、大衆社会は、世間の知識レベルが低いために世論操作を受けやすい。背景情報をほとんど知らない人々は、目立つ特定の事実に影響を受けやすくなる。・・・第三に、人は知識量が少ないと安易に誤った情報を信じ込んでしまう。・・・第四に、誤報よりも、誤解を招くようにわざと情報の一部だけを提供するという戦略が意見操作にはよく使われる。

 

以上の四点から、大衆社会で民主主義が上手く機能しない理由がわかります。

人はたいてい、情報を入手し、意見を持ち、異なる意見をもつ人々と議論しようとはしない。効果的な動機づけがおこなわれていないのだ。・・・ほかにするべきことが山とある、というのが実情である。

さらに

大衆は情報が十分に与えられておらず、熟慮しないものだと言える。その場合、すべての市民を政治に関与させても、この国の民主主義の制度からでは、熟考した公衆からのインプットを得ることは難しい。

まとめると、この引用通りとなります。

つまり、議論しないし、深く考えないし、情報不足

しかし、これらの問題を解消するために、フィシュキンは「熟議民主主義」の必要性を説きます。

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②熟議民主主義での熟議とは何か?望ましい議論のあり方

では、フィシュキンの説く「熟議民主主義」とはどのような民主主義なのでしょうか?

まず、「熟議」とはなにか?

フィシュキンはところどころで熟議の定義をしています。

具体的には、

熟議を「参加者が誠実に賛否両論を検討し、公共の問題の解決策について熟慮の上で判断を下す」と定義する。

とか

本書でいう熟議とは、市民のひとりひとりが議論において対立する意見を真剣に吟味することである

とかです。

両者の定義をまとめると、

意見が対立する同士で議論すること

その議論を深く考えること

この二点を満たすものが「熟議」だと言えます。

議論熟考

そして、フィシュキンは熟議にも質があることを指摘します。

以下の五つの項目によって熟議の質が判断されると。

1. 情報―争点に関すると思われる十分に正確な情報がどれほど参加者に与えられているか

2. 実質的バランス―ある側、またはある見地から出された意見を、反対側がどれほど考慮するか

3. 多様性―世間の主要な立場が議論の中で参加者にどれほど表明されているか

4. 誠実性―参加差者がどれほど真摯に異なる意見を吟味するか

5. 考慮の平等―参加者のすべての意見が、どの程度、誰が発言者かということではなくその論点自体により検討されているか

この五つの観点から熟議の質を評価しますが、この五つとも最高度に実現するべきだというのがフィシュキンの主張です。

それを実現するのが、「熟議民主主義」の制度。

では、熟議民主主義のやり方とは何か?

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③熟議民主主義とは何か?熟議民主主義の方法

最後に、熟議民主主義の方法についてご紹介します。

熟議民主主義の方法論は、討論型世論調査と呼ばれています。

この方法は、「一般的な世論に見られる問題点に対する懸念から始まった」のです。

では、討論型世論調査とは何か?

討論型世論調査とは、

無作為抽出と熟議を組み合わせるという確固とした目的をもって開発された。その目的は、ある問題に対して熟議をおこなった場合の世論を社会科学の手法(理想的には準実験)により見つけ出そうというものであり、その熟議による結論を国民的な対話に、場合によっては現実の政策過程に反映させていく。

つまり、討論型世論調査では、まず初めに、統計的にランダムに選ばれた市民同士を集めて、それから議論するというのが大まかなやり方である。

詳細は、本書を読んでいただくことをお勧めするが、以下の手順を辿る。

1) 統計的に偏りのないようにランダムに討論参加者が選ばれる

2) 参加表明や自分のプロフィール記述などの調査を受ける

3) 調査後に、実際に参加者同士で顔を突き合わせて熟議が行われる

4) 参加者には、慎重に吟味して用意されたバランスのとれた説明資料が対話の基礎資料として渡される。

5) 討論のために、ランダムに小グループに割り当てられ、それぞれのグループに、訓練を受けたモデレーターがつく。

6) 討論終了後、討論前に答えたアンケートと同じ無記名アンケートを受ける。

7) 結果は、議論の議事録とともに発表される。

この流れを基本的に行います。

少し段階が多いし、お金がその分かかると思わるが、費用は全て主催者持ちというのが原則

金銭的に熟議に参加できないというのを避けている。

重要なのが、統計的に偏りのないようにランダムに参加者が選ばれること。

この過程は、熟議の偏りを防ぐことができる。

つまり、意見も立場もばらばらで、相反する意見同士がぶつかりある環境である。

熟議の定義にぴったりである。

この討論型世論調査を国全体で一斉に行う「熟議の日」というのを決めて実施するのが「熟議民主主義」である。

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④まとめ

以上が民主主義の問題点とそれを克服する熟議民主主義についてである。

まとめると以下のようになります。

  • 現代民主主義の問題点は、民衆が情報を集めない、議論しない、意見操作されやすい点である。
  • 熟議民主主義では、相反する意見同士がぶつかり合う議論と深くその結果を考える熟考がカギとなる。それが、「熟議」である。
  • 熟議民主主義は討論型世論調査の手法を全国一斉に行うことである。
  • 熟議民主主義では、統計的に偏りなくランダムに選ばれた人たちが議論し合うことで成立する。

このように、選挙で選ばれた人ではなく、選挙で選ぶ側の一般民衆にアプローチするのが熟議民主主義だと言えます。

もちろん、問題点もいくつかあります。

フィシュキン自身も、理想とする「熟議民主主義」は理論上可能な想像の産物であるとも考えています。

確かに、討論型世論調査を全国一斉に行うには、莫大なお金がかかります。

他にも、民族や文化が異なる場合どうなるのかなどの問題点もあります。

インターネットを使えばどうかというのもそうです。

それらの問題点について本書で言及されています。

理想の民主主義というのは言い過ぎですが、あるべき民主主義の一つの姿だと思います。

本書を読んでみる価値は十分ありです。

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