・子供の語彙がなかなか増えません。
・自閉症スペクトラム障害と言葉の発達と関係性があるの?
子供が生まれるといろんな感動に出会います。
初めて子供がハイハイした時。初めて自分で立った時など。
それでも最初に言葉をしゃべった時は、親としての自覚も芽生える感動体験だと思います。
すくすく育ってくれたのだと涙とともに良い思い出になります。
しかし、発達障害の自閉症スペクトラム障害(ASD)児には、生まれてから言葉がなかなか出ないという特徴があります。
以前の記事でも言及しましたが、言葉の発達の遅れは診断基準の一つです。
なので、注意して気づいてあげることが重要です。
では、ASD児と定型発達児との語彙獲得にどのような違いがあるのか?
今回は自閉症スペクトラム障害児から見る言語獲得に焦点を当てます。
本記事では以下のことが学べます。
2. ASD児の言葉の遅れには他の認知機能との関連があること。
3. 語彙獲得に効果的な親の工夫。
- 目次
- ①自閉症スペクトラム障害(ASD)児と定型発達児の言葉の発達の違い。
- ②なぜ自閉症スペクトラム障害児と定型発達児とは言語学習の順序が逆なのか?
- ③語彙獲得のために親ができること:子供の発言に意味を付与する。
- ④まとめ
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①自閉症スペクトラム障害(ASD)児と定型発達児の言葉の発達の違い。
自閉症スペクトラム障害児の言葉や語彙の研究はたくさんあります。
その中でも、よく取り上げられる違いについて具体的に研究から見ていきます。
言葉の学習に差がある:注意の向け方の違い。
Parrish-Morris et al. (2007)は、ASD児と定型発達児に言葉の獲得テストを行いました。
彼らは、両グループに慣れているおもちゃと慣れていないおもちゃを用意し、慣れていないおもちゃに適当な名前を付けます。
その後、実験者がおもちゃの名前を呼んで、そのおもちゃを持ってくるか、あるいは消去法などで適切なおもちゃを選ぶかをテストしました。
その結果が以下の図です。
左がASD児の成績で、真中と右が定型発達児の成績です。
真中と右との違いは無視していただいて結構です。
重要なのが、一番下のOverall performanceの欄です。
この欄のtest trialが実験者がおもちゃの名前を呼んだ時に正しく選べたかです。
すると、定型発達児は7割5分~8割以上の正答率であるのに対し、ASD児は7割弱という成績です。
つまり、新しい名前という語彙獲得が定型発達児よりも苦手なのです。
他の条件は、無視で結構です。
次に、ターゲットとなるおもちゃに特別な名前を付けて子供たちにそのおもちゃを見つけてくれるように頼みます。
子供が持ってきたおもちゃを複数回「違う」と拒否し、最後に消去法で正しいおもちゃを持ってくるかどうかを見ました。
すると以下のような結果になりました。
この図の横軸は一緒です。
縦軸は、正しく選択したおもちゃの数を示します。
0が正しい答えのおもちゃを選べなかった子の人数。
1が一回だけ正しい答えのおもちゃを選べた人数。
2が二回とも正しい答えのおもちゃを選べた人数です。
正しい答えのおもちゃを選んだ割合をたまたま選べた割合と比べると、定型発達児はたまたまの割合を越えていましたが、ASD児はたまたまの割合と変わりませんでした。
つまり、ASD児はまぐれ当たりの可能性が高く、ちゃんと名前を覚えるという語彙獲得が苦手な傾向があります。
彼らの研究から、名前と物体の対を覚えるタイプの語彙獲得が苦手だと分かります。
また、他の実験で、物への注意力や物真似力がASD児の方が低いという結果も示しています。
注意力や物真似力が影響している可能性もあります。
ただ、それらを考慮しても語彙獲得の苦手さはあると思われます。
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言葉の使い方に差がある:心の理論(ToM)の能力との関係性。
ASD児と定型発達児では言葉の使い方にも差があると言われています。
Whyte & Nelson (2015)は、言葉の適切な使用方法を比較しました。
具体的には、
①昼食中に虫の話をしたり映画上映中に大声を出したりしてはいけないなどの適切な言葉の使用法を知っているかを測るPragmatic language。
②図式的な伝え方や間接的な要求、あるいは皮肉などのように文字通りの意味ではない文章を理解できるかを測るNonliteral Language。
この二つについて調べました。
その結果が以下の図です。
まずは、Pragmatic languageの結果です。
縦軸が言葉の使用法を正しく理解している度合いで、上に行くほど良く理解していることを示します。
横軸は年齢です。
ねずみ色が定型発達児で、黒がASD児です。
すると定型発達児よりもASD児の方が坂が緩やかであることがわかります。
つまり、定型発達児は年齢が上がるほど言葉の適切な使用法を理解していきますが、ASD児は年齢が上がっても定型発達児ほどよく理解はできないのです。
次に、Nonliteral languageの結果です。
縦軸が文字通りではない言葉の理解度で、上に行くほど良く理解していることを示します。
横軸は年齢です。
すると、さっきの図と同様に、定型発達児よりもASD児の方が坂が緩やかです。
年齢が進んでも定型発達児ほど理解していないことがわかります。
これらの研究から、ASD児は言葉の適切な作法と変わった使い方について定型発達児よりも理解するのが困難です。
なので、ASD児には直接的な言葉の方がわかりやすいのです。
以前開催したセミナーでは直接的な言葉の工夫についてご紹介しています。
見逃し配信をしております。
是非ご覧ください。
次に、注意が必要なのが、Nonliteral languageとToMという指標にも違いがあることです。
縦軸は一緒ですが、横軸のToMは右に行くほどこの能力が高いことが示されます。
ToMとは心の理論(Theory of Mind)の略で、主に相手の意図を読んだり相手の立場や視点を考慮したりする能力を指します。
こちらも、定型発達児に比べてASD児の方が坂が緩やかです。
つまり、年齢だけではなく、ToMの能力も言葉の発達に関わるということです。
言葉の適切な使用については関係ないですが、文字通りの意味を越えた言葉の使い方に関してはToMも関係します。
相手の意図がわからなければ、皮肉などの高度な言葉の使用はなかなかできませんし、理解も難しいですから。
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自閉症スペクトラム障害児と定型発達児とは言語学習の順序が逆!?語彙の理解と表出の関係性
言葉の獲得には二つの方法があります。
一つは、言葉の理解です。
まず、聞いた言葉を理解しているかが重要です。
この言葉の理解をReceptive Vocabularyと言います。
もう一つは、言葉の表出です。
ようは、言葉をどれだけしゃべることができるかです。
この言葉の表出をExpressive Vocabularyと言います。
この言葉の理解と表出の順序がASD児では逆だと複数の論文で言われています。
Bottema-Beutel et al. (2019)の概念図を示すと以下の図です
図の左が最初に覚えるもので、右側が後に覚えるものです。
EarlyとLaterでその順序の違いを示しています。
定型発達児では、左上から右下への↘が当たります。
つまり、最初はReceptiveな言語の理解が先で、成長するにつれてExpressiveな言語の表出が生じます。
一方、ASD児は左下から右上への↗が当たります。
つまり、最初にExpressiveな言語の表出が先で、成長するにつれてReceptiveな言語の理解が生じます。
この言語獲得の順序が言葉の学習に影響している可能性があります。
この順序を示したのが以下の図です。
縦軸は、成長後のReceptiveな言語理解の度合いを示しています。上に行くほどよく言語を理解していることを示します。
横軸は、成長前のExpressiveな言語表出の度合いを示しています。右に行くほどよくしゃべることを示します。
傍線が定型発達児で、点線が自閉症スペクトラム障害児です。
すると、定型発達児では、成長前の言語表出の度合いに関係なく、Receptiveな言語理解度がASD児よりも高いです。
成長前のExpressiveな言語表出度合いが成長後のReceptiveな言語理解度合いに影響するとは言えません。
一方、ASD児は、成長前のExpressiveな言語表出度合いが高いほどReceptiveな言語理解の度合いが高くなることが示されています。
言語表出が言語理解に影響するとも言えます。
しかし、言語理解度合いは定型発達児の度合いまで達していません。
このように、言語獲得の順序が逆であると、言語理解が追い付かない可能性があり、言葉の発達に影響が出ます。
もしかしたら、ASD児はしゃべるので周りの人も言語が理解できていると勘違いする可能性があります。
理解が伴わず話しているのがASD児の特徴かもしれません。
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②なぜ自閉症スペクトラム障害児と定型発達児とは言語学習の順序が逆なのか?
先ほどの章の最後の研究はASD児の特徴であり、言語獲得に関係する重要な違いです。
理解度が追い付いていないのは後の言葉の発達にも影響します。
では、なぜ逆なのか?
それを探った研究の一つが、McDaniel et al. (2018)です。
彼らはいろんな検査と質問紙を行い、Receptiveな言語理解とExpressiveな言語表出との関係性に影響を与える要因を探りました。
その結果が以下の図です。
この図は、各項目が標準的な子供とどれくらいズレているかを示しています。
重要なのが、一番下の項目です。
この項目は、言語理解と言語表出との関係性が標準的な子供が示すパターンと違う度合いを示します。
プラスなほど標準的でなおかつバランスが良いです。
Mの欄を見ると、マイナスになっており、言語理解と言語表出のバランスが崩れているのがわかります。
これは統計的に意味のあるズレ具合で、ASD児の言語理解と言語表出と度合いが上手くいっていないと言えます。
この図は、言語理解と言語表出とのバランスと関係する項目を示しています。
縦軸が言語理解と言語表出とのバランスで、上に行くほど良いことを示します。
横軸は、話す相手に注意を向けているかを示しています。
右に行くほど注意を良く示していることを意味します。
すると、話し手に注意を示すほど言語理解と言語表出のバランスが良くなることが図から分かります。
逆に解釈すれば、話し手への注意が向かないほど言語理解と言語表出のバランスが悪くなります。
先ほどの図で、自閉症スペクトラム障害児はバランスがマイナスの値でした。
つまり、バランスが悪いので、話し手への注意が向いていない可能性があります。
このように、ASD児のReceptiveな言語理解とExpressiveな言語表出との関係性は話者への注意が向いていないことが原因の一つとして考えられます。
言語を理解する時もしゃべる時も相手へ注意を向けていない。
特に言語を理解する時に話者へ注意が向かないと話の理解に差が出るのは自然です。
これが積み重なり、言語発達に遅れがでるのかもしれません。
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③語彙獲得のために親ができること:子供の発言に意味を付与する。
最後に、言葉の発達に遅れがあるASD児や定型発達の子供でも言語獲得を促す方法をご紹介します。
McDuffie & Yoder (2010)は、ASD児に最初の語彙力を調べて、数か月後の語彙力も調べます。
その後、どの言語指導方法がASD児の語彙力増加に関係しているのかを調べました。
それを示したのが以下の図です。
この図は、数か月後の語彙力に影響した要因が示されています。
数値がプラスで*がついている項目が、語彙力向上に関係した項目です。
すると、重要なのが四つ示されています。
各項目の意味は以下のようになります。
Follow-in comments:子供がやっていることにコメントする。
例えば、子供が赤ちゃんの人形に食べ物を食べさせている動作をしている時、親が「赤ちゃんはお腹が空いているのだね」と声かけする。
Follow-in directives:子供がやっていることに注意を向けさして別のことをさせる。
例えば、子供がボールを持っている時、親が「私にボールを転がしてみて」と促す。
Repeat:子供が発した言葉をそのまま言う。
例えば、子供が「大きなボールだ」と発言したら親も「おっきなボールだね」と繰り返す。
Expansion:子供の発した言葉の意味を広げる発言をする。
例えば、子供が「ボールだ」と言った時、親が「黄色のボールだね」と一言付け加える。
この四つの方法が語彙獲得には有効だと思われます。
言葉に注意を向けさせて、言葉の意味を広げてあげることが胆です。
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④まとめ
以上より、ASD児から見た言語の発達と語彙獲得の秘訣について見てきました。
まとめると以下のようになります。
- ASD児は定型発達児に比べて言葉の学習に差が生じる。
- 特に、注意力や真似する能力の不足が関係している。
- ASD児は定型発達児に比べて言葉の適切な使用法の理解や文字通りの意味以外の言葉の使用についての理解に差がある。
- 特に、ToMという相手の意図や行動を予測し理解する能力の不足が関係している。
- ASD児は定型発達児とは、言葉の理解と言葉の表出の発達の仕方が逆である。
- 言語理解と言語表出の順序の違いは、話者への注意の違いが関係性している。
- ASD児の語彙獲得に有効なのは、子供の言葉に注意を向けさせて理解を促し、言葉の意味を広げてあげることである。
本記事を通してさらに言いたいのは、自閉症スペクトラム障害児の言語発達には、言語発達以外の認知能力が大きく関係していることです。
特に、注意力と物真似力は、ASD児は苦手だと言う研究はたくさんあります。
ToMも同様にASD児が苦手だと言う研究は膨大にあります。
これらの能力不足ゆえに、言語発達に違いが生じている可能性があります。
最後の語彙獲得の秘訣は、これらの能力不足を補う形の研究が多いです。
つまり、ASD児の苦手な領域を理解し、ちょっとした工夫をすることで十分に言語発達は促せると思います。
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参考文献
Bottema-Beutel et al. (2019). Longitudinal Association across Vocabulary Modalities in Children with Autism and Typical Development. Autism, 23(2), 424-435.
McDaniel et al. (2018). Predicting Receptive-Expressive Vocabulary Discrepancies in Preschool Children With Autism Spectrum Disorder. Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 61, 1426-1439.
McDuffie & Yoder (2010). Types of Parent Verbal Responsiveness That Predict Language in Young Children With Autism Spectrum Disorder. Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 53(4), 1026-1039.
Parish-Morris et al. (2007). Children With Autism Illuminate the Role of Social Intention in Word Learning. Child Development, 78(4), 1265-1287.
Whyte & Nelson (2015). Trajectories of pragmatic and nonliteral language development in children with autism spectrum disorder. Journal of Communication Disorders, 54, 2-14.
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