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精神医学/Psychiatry 記事/Article

自閉症スペクトラム障害者は感情の読み取りが苦手:脳科学的メカニズム

・感情を読み取るのが苦手です。

・相手の表情がわかりません。

・他人が何を考えているのか教えてください。

日常のコミュニケーションで大切なのが、相手がこちらの言葉をどう思ったのかを知ることです。

相手の手振り身振り、声色や挙動など様々な判断基準があります。

その中でも最も重要なシグナルは、表情と言っても過言ではないと思います。

表情の読み取りは、相手との関係性を構築するのにとても重要な能力です。

ですが、それが苦手だと言われているのが発達障害の一つである自閉症スペクトラム障害(ASD)者です。

では、なぜASD者は表情や感情表現を読み取るのが苦手なのか?

今回はその心理学的・脳科学的メカニズムを紹介します。

表情や感情表現の読み取りがより上手くなるためにも必須の知識です。

本記事では以下のことが学べます。

1. 自閉症スペクトラム障害者は表情や感情表現の読み取りが苦手。

2. どの表情や感情表現が特に苦手か。

3. 表情や感情表現の読み取りの脳内メカニズム。

4. なぜ表情の読み取りが難しいのか?

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①自閉症スペクトラム障害(ASD)者は表情の読み取りが苦手:心理学的メカニズム

自閉症スペクトラム障害者は表情の読み取りが苦手だと言われています。

相手が引いていることに気づかず、自分の好きなことを話し続けたり、相手と思い違えてコミュニケーションが上手く行かないことはよくあります。

では、まずASD者はそもそも表情の読み取りが苦手なのでしょうか?

また、どのような表情を読むのが苦手なのでしょうか?

それを体系的に調べたのが、Ashwin et al. (2006)です。

彼らはいろんな表情の写真を見せて、その表情からどのような感情を抱いているのかを正しく答えられるかをしらべました。

その結果が以下の図です。

autism emotion recognition

この図は、縦軸が正答率で、横軸が各表情を示しています。

黒が健常者で、ねずみ色がASD者です。

すると図より、fear(恐怖)disgust(憤り)anger(怒り)sad(悲しみ)の四つの表情を読み取る成績がASD者の方が低いことがわかります。

これらはいずれもがネガティブ感情であり、脳科学的にはいわゆる偏桃体という領域が関係していると言われています。

ASD者は嬉しさなどのポジティブ感情の読み取りには問題なさそうです。

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Ashwin et al. (2006)の研究は大人を対象にした研究ですが、表情の読み取りはいつから苦手なのでしょうか?

それを示したのが、Rump et al. (2009)です。

彼らはいろんな表情の顔写真と、各表情の強さに応じてどのくらいのレベルまでなら読み取れるのかを調べました。

子供(8~12歳)、青年期(13~17歳)、大人(18歳~53歳)の三つの時期を比較しています。

その結果が以下の図です。

autism emotion recognition development

この図が表情全体を平均した読み取りレベルを示しています。

レベルは上になるほど読み取れることを示しています。

▲がASD群で、■が健常群です。

すると図より、子供と青年期では表情の読み取り能力にそれほど差はありませんが、大人になるとASD群でグンと読み取り力が下がります

つまり、大人になるにつれて感情の読み取りが困難になるのです。

感情の読み取り能力の詳細を調べると、恐れ・怒り・憤りなどのネガティブ感情で同様の結果を得ています

発達的には、年齢が上がれば上がるほど自閉症傾向が高まり、感情の読み取りがより難しくなるのかもしれません。

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②自閉症スペクトラム障害(ASD)者の感情の読み取り能力の脳内メカニズム

では、大人の自閉症スペクトラム障害者がなぜ感情の読み取りが苦手なのか?

その脳内メカニズムを探ります。

ASD者の表情の読み取りが苦手な理由とメカニズム

Hall et al. (2003)は、PETという機械を使って、ASD者の表情の読み取りのメカニズムを調べました。

すると、ASD者では、側頭葉と後頭葉のfusiform gyrus(紡錘状回)前頭葉の領域の活動が健常者ほど活動しないことが示されました。

側頭葉と後頭葉の領域は、顔領域と呼ばれる領域で、顔の認識に関係しています

前頭葉は感情の認知や共感に関わる領域です。

つまり、顔を見て感情を理解するという側頭葉→前頭葉の回路が関係していると思われます。

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ASD者はジェスチャーから相手の感情表現を読み取るのが苦手

Hadjikhani et al. (2009)は、ジェスチャーで悲しみ・怒り・恐れを示した三つの感情表現をASD者は理解できるかを調べました。

まず、感情表現の正答率が以下の図です。

autism emotion recognition motion

Neutralがジェスチャーに感情表現が伴わないもの。

Emotionalが感情表現をするジェスチャーです。

左側がASD群で、右側が健常者群です。

この図のUprightのみ注目してください。

すると、neutralではASD群も健常群もそれほど正答率に違いはありません。

しかし、emotionalではASD群は健常群よりも正答率が下がっています

つまり、ASD者はジェスチャーでの感情表現を理解するのが苦手であることがわかります。

その時の自閉症スペクトラム障害者と健常者の脳活動を比べた図が以下です。

emotion motion recognition brain

この図の真ん中の図が、最も重要で、fear: NT>ASDと書いています。

これは恐怖のジェスチャーを判断している時に、健常群の方がより活動した領域です。

つまり、ASD群での活動が低かった領域を示します。

すると、前頭葉の領域と側頭葉の領域が赤で示されています。

先ほどの研究と同様に、感情の認知や共感に関する前頭葉とジェスチャーや動きに関する側頭葉とが関係していることがわかります。

ASD者ではこれらの領域の活動が低く、上手くジェスチャーと感情とがマッチしていないと思われます。

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ASD者は表情の変化や顔の動きも認識するのが苦手?

Sato et al. (2012)は、モーフィング技術で画像を加工して顔の表情がだんだんと変化する動画を作り、ASD者と健常者に対して表情が変化した時の脳活動を調べました。

その結果が下の図です。

autism face emotion recognition brain

この図はASD群よりも健常群でより活動した領域を示します。

つまり、ASD群で活動が低かった領域です。

重要なのが、前頭葉後頭葉の領域です。

Bで示されているように、前頭葉と偏桃体(感情に関わる)と側頭葉の領域に違いがあることが示されています。

表情の変化もジェスチャーと同様の領域の活動が大切です。

さらに、Sato et al. (2012)は、側頭葉と前頭葉の領域間のつながり具合も研究しています。

それが以下の図です。

autism face emotion recognition brain connectivity

検討しているのが、AV1(後頭葉)MTG(側頭葉)IFG(前頭葉)のつながり具合です。

健常群とASD群を比較したのがCです。

縦軸はつながり具合の良さ。

横軸は、各領域間のつながりを示しています。

白が健常群、ねずみ色がASD群です。

すると、後頭葉→側頭葉→前頭葉のどの矢印のつながり具合も、ASD群では低いことが分かります。

なので、最初の研究で示された後頭葉と前頭葉の感情理解に関する領域間の連携が上手くいっていないことが示されました。

前頭葉と側頭葉の活動が上がらないだけではなく、前頭葉と側頭葉の連携も上手くいかないことがメカニズムとして考えられます。

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表情や感情表現の理解には側頭葉が特に大事!

最後に、感情表現の理解で重要な脳領域をお伝えします。

Alaerts et al. (2014)は、下図のように、体の節々を表す点のみを表示した「バイオロジカルモーション」を使い、点によって構成される感情表現がASD者でも理解できるかを調べました。

autism biological motion

結果は以下の図です。

autism biological motion emotional recognition

縦軸が、感情表現の正答率。

横軸は、左側が感情表現の動きで、右側がニュートラルな表現の動きの条件です。

青が健常群で、赤がASD群です。

すると、ニュートラルな条件では両群で差はありませんでした。

しかし、感情表現の理解において、ASD群の方が成績が低いことがわかります。

この時の脳活動が以下の図です。

autism emotional biological motion recognition brain

これらの赤く示された領域は、健常者の方がASD者よりも活動した領域です。

つまり、ASD者で活動が低かった領域です。

いずれも、側頭葉の上の部分が重要だと分かります。

autism emotional biological motion recognition brain pSTS

この図で示されているように、特に側頭葉の上の方が感情表現の理解の核となります。

この領域は、pSTSと呼ばれており、ジェスチャーの感情表現で特に共通した領域です。

側頭葉の上の領域であるpSTSと各脳領域とのつながり具合を調べています

その結果が以下の図です。

autism emotional biological motion recognition brain connectivity

この図の上の方Bをご覧ください。

赤く光る領域と青く光る領域があります。

赤く光るほど健常群でよりpSTSとのつながりが強い領域です。

青く光るほどASD群でよりpSTSとのつながりが強い領域です。

すると、健常者では前頭葉とのつながりが見られますが、ASD群では後頭葉とのつながりが強いことがわかります。

前頭葉は今まで通り、感情の認識に重要な領域です。

一方、後頭葉は視覚と関係します。

もしかしたら、健常群は感情表現を見ると側頭葉と前頭葉が繋がり、感情理解が成立しますが、ASD群は感情表現を見ると側頭葉と後頭葉が繋がり、単に絵や図のような視覚刺激として処理しているのかもしれません。

この図の下の方Cのように、pSTSと前頭葉とのつながりが感情理解と関係性が強いです。

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③まとめ

以上より、自閉症スペクトラム障害(ASD)者の研究から表情や感情表現の理解の難しさと脳内メカニズムについて見てきました。

まとめると以下のようになります。

  • ASD者は表情の理解が苦手。
  • 特に恐れや怒りなどのネガティブ感情を認識するのが苦手。
  • 発達心理学的に、子供から大人になるにつれて表情理解が苦手になる傾向がある。
  • 表情を読み取る脳内メカニズムとして、前頭葉・側頭葉・偏桃体が重要。
  • ジェスチャーなどの動きのある感情表現でも前頭葉と側頭葉の脳領域が重要。
  • さらに、感情表現を理解するのに、ASD者は前頭葉と側頭葉の領域間のつながりが上手くいかず、連携できていない可能性が指摘される。
  • ASD者は健常者と比べて、前頭葉ではなく、側頭葉と後頭葉とのつながりが強く、感情表現を単なる一つの絵のように図的に処理している可能性がある。

記憶の研究をしていて思ったのですが、ASD者は顔などを特別なものと見ずに単なる物体として図的に処理する可能性があることです。

感情表現という特殊な認知ではなく、モノ的な処理が強くて、ASD者は表情や感情表現の理解が難しいのだと思われます。

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参考文献

Alaerts et al. (2014). Underconnectivity of the superior temporal sulcus predicts emotion recognition deficits in autism. SCAN, 9, 1589-1600.

Ashwin et al. (2006). Impaired recognition of negative basic emotions in autism: A test of the amygdala theory. Social Neuroscience, 3-4, 349-363.

Hadjikhani et al. (2009). Body expressions of emotion do not trigger fear contagion in autism spectrum disorder. SCAN, 4, 70-78.

Hall et al. (2003). Enhanced Salience and Emotion Recognition in Autism: A PET Study. American Journal of Psychiatry, 160, 1439-1441.

Rump et al. (2009). The Development of Emotion Recognition in Individuals with Autism. Child Development, 80(5), 1434-1447.

Sato et al. (2012). Impaired social brain network for processing dynamic facial expressions in autism spectrum disorders. BMC Neuroscience, 13:99.

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