・想像力に訴えることで、人の認知と行動を変えることができるのか?
・想像は脳をも変えるのか?
たくさんの美味しそうな料理を見せられるとお腹がすきます。
また、梅干しやレモンの画像を見るだけでも唾液が出たり酸っぱく感じたりしませんか?
このように、実物を目にしなくても、想像力によって我々の認知や行動に変化が現れます。
このような体験は単なる個人的な経験にすぎないのでしょうか?
答えは、「No」です。
想像力が我々の脳を刺激し、認知や行動を変えることが心理学や脳科学の研究で示されています。
そんな想像力を応用した研究を今回はご紹介します。
本記事では以下のことが学べます。
2. 想像力は喉の渇きや空腹などの生理反応に影響する。
3. 想像力は感情やトラウマ軽減にも関係する。
4. 想像力は脳に影響する。
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①想像力は意志決定と行動に影響を与える:想像力の影響の心理学
前回の記事では想像力の脳科学的基礎をお話しました。
今回は、これらの基礎を応用した研究です。
その一つとして、まずは想像力が意志決定を変える働きがあることが挙げられます。
Jenkins & Hsu (2017)は、有名な行動経済学の実験に想像する時間を与えることで意志決定が長期的視野でかつ合理的になることを示しました。
彼らの研究では、「今8$もらうか」あるいは「一週間後10$もらうか」という時間を使った意志決定課題をさせています。
二つの群があり、一方はコントロール群(Independent Framing)で、上記の選択肢が呈示されます。
もう一つの群は、実験条件(Sequence Framing)で、「今8$で一週間後に0$」あるいは「今0$で一週間後に10$」という選択肢が呈示されます。
さらに両群とも、選択肢が呈示された時に「選択するのにどのようなことを考えていますか?」と質問されて、考えていることや想像していることを書かせます。
このように、一方では普通の二択の意志決定課題ですが、もう一方は選択の結果などを想像させて意志決定をします。
すると結果は以下のようになりました。
縦軸が、「一週間後に10$」という後に多い金額を得る選択肢を選んだ割合です。
実線がコントロール群(Independent Framing)。
点線が実験群(Sequence Framing)で、選択の結果まで想像させる方です。
横軸が、時間の長さを表しており、「一週間後に10$」の「一週間」のところが、7日後条件の場合(左側)と30日後条件の場合(右側)です。
すると、明らかに、7日後でも30日後でも実験群の方がより、一定時間後の多くもらえる選択肢を選ぶ傾向が高くなっています。
即座的な選択ではなく、長期的視野でより得する選択を選びやすくなるということです。
次に、選択時の意思決定でどれくらい選択肢を考え、想像していたのかを示したのが以下の図です。
左側が実験参加者の回答からどれくらい想像力が高いかを判定したものです。
縦軸が想像力。
横軸が条件を示します。
左側の「$100 ”Tomorrow”」は今ではなく明日100$もらえる条件の時です。
右側の「$120 “in 30 days”」は今ではなく30日後120$もらえる条件です。
白がコントロール群で、ねずみ色が実験群です。
すると、どちらの条件でも実験群の方がコントロール群よりも棒グラフが高いことが分かります。
つまり、結果を想像させる実験群の方がより想像力を働かせていることを示します。
また、右側の図は、明日と30日後の条件でどれくらい長期的で得する選択肢を選んだかを示します。
縦軸は、今すぐではなく一定期間後の金額の多い選択肢を選んだ割合。
横軸の左側が明日条件で、右側が30日後条件です。
白がコントロール群でねずみ色が実験群です。
すると実験群の方が明らかに、即座的な少ない金額ではなく長期的に多く貰える金額をより選ぶ傾向があることが示されています。
つまり、意志決定の時に、「今すぐ50$で明日0$」か「今すぐ0$で明日100$」のように、もらえない条件を明確にした方がより想像しやすくなり、長期的視野で得する選択肢を選ぶようになるのです。
何かの重要な意思決定の時には、一旦立ち止まって想像力をめぐらしてみると良い選択ができるのかもしれません。
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②想像力が脳を刺激し認知と行動を変える:想像力の応用の脳科学
次は実際に想像力が脳に影響する研究を紹介します。
想像力は脳を刺激し、喉の渇きのような生理的な反応に影響する。
よく食レポや飯テロなどのように、美味しそうな料理や旨そうな食べ物のことを聞くとお腹がすくような感覚になります。
この日常でもよくある感覚を喉の渇きで実験したのが、Saker et al. (2020)です。
彼らは、実験前に飲み物を飲まないように実験参加者にお願いします。
その後に、二つの条件を行わせます。
一つは、喉が渇いた状態を想像する条件で、どれくらい喉が渇いたのかを考えさせます。
もう一つは、喉を潤した状態を想像する条件で、水を飲んだ状態を想像させる条件です。
ベースラインとして実験前の喉の渇きを評価しています。
すると、実験結果として、どちらの想像条件でもベースラインよりもより喉が渇いたと実験参加者は回答しています。
このときの飲み物を想像しているときの脳活動が以下の図です。
重要で分かりやすいのが、図Cと図Dで示されている前頭葉の活動です。
特に、OFCやIFGの領域が必要で、前回の想像の脳科学と同じ領域が活動していることです。
また、痛みとか喉の渇きにも関するaI(島皮質)とaMCC(前帯状回)の活動も見られています。
ちなみに、彼らの論文では、前頭葉の領域と島皮質や前帯状回との領域のつながりが、喉の渇きと水を飲んだ時を想像した場合で強くなっていることも示しています。
つまり、喉が渇くことや水を飲むことを想像すると、実際に喉が渇くだけではなく、喉が渇くことに関する領域と想像力に必要な領域のつながりが強くなって想像力が喉の渇きという生理反応に影響している可能性があります。
結構衝撃的ですが、想像力を刺激することで脳や飲食などの生理反応にまで関係することが分かります。
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想像力は脳を刺激し、感情やトラウマの軽減に関係する。
次は、恐怖やトラウマなどのネがティブ感情を想像力によって和らげることができる驚きの研究です。
Raddan et al. (2018)は、ある音刺激が呈示された時に電気ショックが与えられる実験を行い、電気ショックが来る音刺激を見た時のトラウマ的恐怖を想像力で和らげられるかを実験しました。
まず、実験参加者に特定の音と電気ショックの対を学習させ、音を聞いたら電気ショックの恐怖を起すようにします。
次に三つの条件により電気ショックが来る恐怖を和らげるようにさせました。
一つは、電気ショックと対の音を何度も聞かせて音と電気ショックとの学習を消去する条件(extinction)です。
この方法は、いわゆる行動療法のやり方と同じで、現在でも有効性が確認されている方法です。
二つ目は、電気ショックと対の音を何度も想像するようにさせる条件(imagined)です。
一つ目の条件は実際の音を呈示しますが、この条件は音を呈示せずに実験参加者に音が呈示されている状況を想像させるだけです。
三つ目は、電気ショックと対の音ではなく、雨の音や鳥の鳴き声などを聞かせる条件(None)です。
これは比較のためのコントロール条件です。
この三つの条件群を設けて、最後に電気ショックと対の音を呈示するテストを行います。
すると結果が以下のようになりました。
この図の左側が、恐怖に関する脳活動の活動パターンの違いです。
縦軸が恐怖をいかに感じているのかを示します。
青が、想像条件。
ねずみ色が、実際に音を何度も聞かせた条件。
黒が、雨の音や鳥の音などを聞かせたコントロール条件です。
すると、黒がダントツで恐怖の脳パターンを示していることがわかります。
一方、想像条件(青)は実際に恐怖を和らげる方法を試した条件(ねずみ色)と差はありませんでした。
つまり、恐怖は想像力を行使することで和らげることができます。
真中の図は、皮膚の電位反応で、どれだけ恐怖を感じたかを示します。
こちらも同様の結果が出ており、脳活動でも皮膚の行動という生理反応でも想像力により恐怖が和らいでいることがわかります。
この時の脳活動で重要な領域が前頭葉の領域です。
それを示したのが、以下の図です。
左側の脳の図の青く示された領域が重要です。
この領域は、想像力に必須の前頭葉の領域です。
折れ線グラフは、恐怖を電気ショックとの対呈示で獲得するAcquisitionから恐怖を消していく三つの条件のExtinction期までの前頭葉の活動状態を示しています。
青が、想像条件。
ねずみ色が、実際の音を何回も聞かせた条件。
黒が、雨の音などのコントロール条件で同じです。
すると、コントロール条件では、Extinctionの後半期(late)直前まで横ばいだったのが、一気にExtinction後半期で活動が上がっています。
一方、青とねずみ色の条件では、Extinctionの後半期直前まで活動が上がり、やがて一気に活動量が下がります。
つまり、想像条件は実際に心理学的に恐怖を和らげる方法と同様の活動軌跡を経て、恐怖を和らげるのです。
行動療法は、最初に恐怖を催す対象と触れなければならないため、結構辛いです。
その分、想像力で恐怖が同じように緩和されるのであれば、患者さんの身も心の負担も軽くなります。
想像力による心理療法なども今後確立されるかもしれません。
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想像力は人の態度をも変える可能性がある。
最後は想像力が物事に対する態度をも変える可能性があることを紹介します。
Benoit et al. (2019)は、実験参加者に自分の好きな人と嫌いな人の名前を聞きます。
その後に、風景や場所の絵を実験参加者の好きな人と嫌いな人とを対呈示します。
この時に、実験参加者にその人とその場所にいることを想像させます。
その後、呈示した風景や場所の写真を見せて印象評価をさせます。
つまり、好きな人の名前と対呈示された場合と嫌いな人の名前と対呈示された場合で、印象に変化があるかどうかを見るのです。
すると以下のような結果になりました。
上の図のみ注目してください。
この図は、縦軸が風景や場所がどれくらい好きかを示します。
横軸のPreが人の名前との対呈示前で、Postが対呈示後の印象評価です。
黄色が好きな人の名前と対呈示した場合、青が嫌いな人の名前と対呈示した場合です。
すると、図より、対呈示後の印象評価が、好きな人の名前の場合、嫌いな人の名前の場合よりも好き度合いが高いです。
つまり、好きな人と対呈示すると好きでも嫌いでもなかった風景や場所を好きになるのです。
この時の脳活動が以下の図です。
この図のように、前頭前野の活動が赤く光っています。
この領域は今まで見てきた想像力に必要な領域であり、印象や感情に関係します。
重要なのは、下の図で、名前と対呈示した後の脳活動を示しています。
つまり、脳活動でも対呈示により想像力を働かせた後にニュートラルな写真を呈示されると想像力と印象評価に関する活動が増加します。
印象操作とまではいきませんが、好きなものと嫌いなものを対呈示し、想像させることで人の態度や印象を変化させる可能性もあります。
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③まとめ
以上より、想像力の脳科学の応用研究を見てきました。
まとめると以下のようになります。
- 想像力を働かせることで意思決定に影響し、短期的で即座的な選択ではなく、長期的で得する選択をするようになる。
- 想像力を働かせて、食事や飲み物のことを考えると、実際に喉の渇きが報告される。
- その時、前頭葉が重要になる。
- 想像力を働かせて、一旦受けた恐怖を和らげることができ、トラウマなどの解消につながる。
- 前頭葉の領域の活動が、想像力を働かせた場合でも、実際の心理療法を受けた状態と似る。
- 好きなものと嫌いなものを対呈示し想像力を働かせると、人の態度まで変化しうる。
人間は想像する生き物です。
想像力により、実際の行動や認知に影響を与えることが分かりました。
どこまで影響するかは今後の研究しだいですが、想像力にはいろんな可能性があります。
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参考文献
Benoit et al. (2019). Forming attitudes via neural activity supporting affective episodic simulations. Nature Communications, 10:2215.
Jenkins & Hsu (2017). Dissociable Contribution of Imagination and Willpower to the Malleability of Human Patience. Psychological Science, 28(7), 894-906.
Reddan et al. (2018). Attenuating Neural Threat Expression with Imagination. Neuron, 100, 994-1005.
Saker et al. (2020). Regional brain responses associated with using imagination to evoke and satiate thirst. PNAS, 117(24), 13750-13756.
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