・忙しくて猫の手も借りたい
・マルチタスクしているけど一向に仕事が減らない
いつも忙しい仕事の中、何気なく行っているのがマルチタスク
一度にいくつもの仕事をこなしている。
猫の手も借りたい。自分が二人いたらな。
マルチタスクをしていると、そう思うことがしばしば。
もし、マルチタスク能力を訓練で向上させられるのならどうでしょう?
それなら、猫の手も借りず効率よくいくつもの仕事を一気に片付けられる。
そこで今回は、マルチタスク能力とその向上について心理学と脳科学の観点から解説します。
本記事では以下のことが学べます。
・マルチタスクの性質
・マルチタスクの脳内メカニズム
・マルチタスクの訓練
・マルチタスク能力の向上効果について
スポンサーリンク
①マルチタスクの心理学的性質:一方のタスクのパフォーマンスは下がる!?
日々何気なく行っているマルチタスクですが、心理学・脳科学では英語で「dual task」と呼びます。
つまり、二つのタスクを同時に行うことです。
タスクが増えると「マルチタスク」になりますが、日常生活では二つ以上のことを同時に行うことを「マルチタスク」といいます。
実はこのマルチタスクには、心理学的に明確な特徴があります。
それが、同じ二つの仕事を一つ一つするよりも、同時にした方が、速度が落ちるという事実です(Dux et al., 2006)。
この図は、典型的なマルチタスクの結果です。
縦軸が反応速度で、下に行くほど反応が早いことを示します。
左側に注目していただくだけで結構です。
赤と緑がマルチタスクを行った場合。
黒と青が、同じ課題を一つずつ行った場合です。
この図から、マルチタスクをした赤と緑の反応速度が遅いことが分かります。
つまり、マルチタスクは一つ一つ仕事をこなすよりも効率が悪いのです。
だからこそ、マルチタスク能力を向上させる方法が心理学でも脳科学でも模索されています。
では、マルチタスクをしているときのメカニズムはどのようになっているのでしょうか?
メカニズムを知れば自ずと、マルチタスク能力向上法が分かります。
スポンサーリンク
②マルチタスクの脳内メカニズム
マルチタスクの脳内メカニズムを探る研究は結構あります。
初期の研究では、マルチタスク特有の脳領域が発見できず困難を極めていました。
しかし、Dux et al. (2006)は、マルチタスクの中枢部を発見しました。
それが下図の脳領域です。
前頭葉の赤で示されている領域です。
この図のCを見ていただくと分かりやすいです。
赤が一つ一つ課題を行った時の前頭葉の脳活動。
緑がマルチタスクの時の脳活動です。
活動のピークが↓で示されていますが、マルチタスクの方が後に来ています。
つまり、反応速度と似た様子を示しているのです。
それゆえ、前頭葉のこの領域がどうもマルチタスクに関係していることがわかります。
前頭葉は注意の配分にも関わる領域です。
マルチタスクをしているときは、一つ一つ仕事を進めるときとは違い、注意を二つに分けないといけません。
前頭葉はその役割を主に担っています。
そして、実際にこの領域の活動をストップさせる処理を行うと、マルチタスクのパフォーマンスが下がるという研究結果もあります(Verbruggen et al., 2010)。
この図のAとBは先ほどの赤で示された領域に該当する領域をストップさせた時の反応速度を示しています。
上に行くほど、反応速度が遅くなります。
この図のDRT2がマルチタスクを行った時の反応速度です。
AでもBでも上の方に上がっています。
つまり、前頭葉をストップさせるとパフォーマンスが落ちるということが分かりました。
これらの研究結果より、マルチタスクは、前頭葉の活動が不可欠だということがわかります。
では、マルチタスク能力向上には前頭葉を鍛えることをすればいいのではないのか?
実はそう簡単にはいきません。
スポンサーリンク
③マルチタスク能力は訓練することで向上するのか?
先ほど、マルチタスクの脳内メカニズムとして前頭葉の活動が重要だと示しました。
では、マルチタスク能力向上の研究はどのように行われているのか?
A. マルチタスク能力向上にはマルチタスクをすること
Liepelt et al. (2011)は、マルチタスク能力が向上することを示しました。
まず三つの図の一番上の図をご覧ください。
縦軸が反応速度。
横軸がセッション数を表しています。
つまり、何回訓練をしたのかということ。
Ses. 2とSes. 8は、それぞれ二回目と八回目を示しています。
VMとAVはマルチタスクで行う二つの課題です。
両方とも、二回目のセッションより八回目のセッションの方が反応速度が速くなっています。
つまり、単にマルチタスクを何回もするだけでマルチタスク能力は向上するのです。
テトリスをやればテトリスが上手くなるのと同じ原理です。
さらに、Liepelt et al. (2011)は、訓練でしていない課題にマルチタスク能力の向上効果が波及することも示しています。
図の一番下をご覧ください。
Ses. 9が異なる新しいAV課題をさせた時です。
図を見ると、第二セッションよりも少し第九セッションの方が下がっています。
これは、いずれも初めての課題をするときですが、練習を経た後の方が新しい課題でも反応速度が速くなっています。
マルチタスク能力が向上すると、急に入った新しい仕事のマルチタスクにも対応できるようになるのです。
スポンサーリンク
B. マルチタスク能力向上の脳内メカニズム
マルチタスク能力が向上することを示しましたが、そのメカニズムについて調べたのが、Dux et al. (2009)です。
この図は、マルチタスク能力の訓練効果を表しています。
縦軸が、反応速度。
横軸が、訓練セッション数です。
訓練が進むにつれて、反応速度が下がってきている(早くなってきている)ことがわかります。
その時の脳画像が以下の図です。
やはり、今まで示してきた通り、前頭葉が活動します。
この図の右側の三つのグラフを見てください。
縦軸が脳活動の活動量を示します。
Pre-trainingがトレーニング前の脳活動。
Mid-trainingがトレーニング最中の脳活動。
Post-trainingがトレーニング後の脳活動です。
注目するべきは、赤の線グラフ。
赤の線グラフがマルチタスク時の脳活動を示しています。
すると、トレーニングをするごとに、赤の線グラフが下がっていきます。
つまり、あまり活動しなくなっていっているということです。
課題に慣れるとあまり考えずに動作できるように、マルチタスクに慣れるとあまり脳を使わずにマルチタスクができるようになることを示しています。
スポンサーリンク
C. マルチタスク能力向上の波及効果
最後に、マルチタスク能力向上によって新しい課題にも対応できるという波及効果についての脳内メカニズムを見ていきます(Salminen et al., 2016)。
この図は、マルチタスクとそれぞれ一つずつ課題をこなした時の成績を示しています。
図の左側の二つに注目してください。
縦軸は成績の良さ。
横軸のPre-testは訓練前でPost-testは訓練後を示します。
●がトレーニングしたグループ。
その他は、比較のためのマルチタスクの訓練をしなかったグループです。
上の図は、訓練した課題と同じマルチタスクの成績。
下の図は訓練したのとは異なるマルチタスクの成績です。
両方のグラフとも、●が訓練後の方が成績が良くなっています。
この時の脳活動が下の図です。
この図を見ると同じく前頭葉の活動が見られますが、重要なのは全体の活動量です。
一番上がトレーニング群の脳活動。
他の図が比較のための訓練しなかったグループの脳活動です。
すると、全体的に、トレーニング群の方が脳活動が弱い印象が受けられます。
これは、実際に統計上でもそうで、マルチタスク能力を訓練した群は全体の脳活動が弱くなっています。
つまり、マルチタスクに慣れてあまり脳を使わなくてもできるようになった証拠です。
さらに、訓練ではしなかった新しい課題をしたときの脳活動がどうなのか?
それが下図です。
この脳領域は、線条体と言います。
モチベーションや学習に関する脳領域です。
脳の奥の方になります。
左の図を見ると、●のトレーニング群のみトレーニング後の活動が上がっています。
このことから、マルチタスク能力向上には二つのことが分かりました。
1) マルチタスク能力向上には、前頭葉の活動が低下するくらいまでマルチタスクに慣れることが必要
2) マルチタスク能力の向上の波及効果は、線条体という脳の奥の方の領域の活動が必須であること
この二つが、マルチタスク能力向上の脳内メカニズムとして挙げられます。
[campaigns]
④まとめ
以上より、マルチタスクの実態とマルチタスク能力向上について見てきました。
まとめると以下のようになります。
- マルチタスクは一つずつ課題を行うよりも効率が悪い
- マルチタスク能力は、マルチタスクに慣れることで向上させられる
- マルチタスクの脳内メカニズムとして前頭葉が必須
- マルチタスク能力の向上は前頭葉の低下による慣れ
- マルチタスク能力向上の波及効果には線条体という脳の奥の部分がメカニズムとして関わる
具体的なマルチタスクの訓練法はまだ確立されていません。
しかし、今のところは、「マルチタスクに慣れる」ことが仕事の作業効率UPのための秘訣なのかもしれません。
スポンサーリンク
参考文献
Dux et al. (2006). Isolation of a Central Bottleneck of Information Processing with Time-Resolved fMRI. Neuron, 52, 1109-1120.
Dux et al. (2009). Training Improves Multitasking Performance by Increasing the Speed of Information Processing in Human Prefrontal Cortex. Neuron, 63, 127-138.
Liepelt et al. (2011). Improved intertask coordination after extensive dual-task practice. The Quarterly Journal of Experimental Psychology, 0, 1-22.
Salminen et al. (2016). Transfer after Dual n-Back training Depends on Striatal Activation Change. Journal of Neuroscience, 36(39), 10198-10213.
Verbruggen et al. (2010). Theta burst stimulation dissociated attention and action updating in human inferior frontal cortex. PNAS, 107(31), 13966-13971.
スポンサーリンク