ドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)は深刻な問題です。
近年、ドメスティック・バイオレンスによって幼い命が失われる事件がしばしば報道されました。
私たちの記憶にも新しいでしょう。
そのような子供を一人でも減らすためには、ドメスティック・バイオレンスについて偏見やイメージではなく正確な知識が必要です。
以前の記事「心理学が解明したドメスティック・バイオレンスの子供への影響」では、ドメスティック・バイオレンスが子供の将来にどのような悪影響を及ぼすのかを解説しました。
今回は、ドメスティック・バイオレンスの被害にあわなくとも、例えば母親がドメスティック・バイオレンスの被害を受けているところを見るだけでも子供の脳に悪影響が及ぶことを解説します。
つまり、実際に被害にあわなくても子供の成長に悪い影響がでるということです。
最新の神経科学(脳科学)の知見がそれを教えてくれます。
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①ドメスティック・バイオレンスを目撃するだけで脳の表面部分が委縮する
ドメスティック・バイオレンスと脳の関係を調べた研究は、2000年代初期の頃からありました。
しかし、その当時は脳科学も発展しておらず、研究結果が芳しくありませんでした。
そのような状況が続いていましたが、2010年代にようやくドメスティック・バイオレンスの脳への影響を示した研究が出てくるようになりました。
Tomoda et al. (2012)は、子供時代にドメスティック・バイオレンスの被害にあったのではなく、目撃者であった人(目撃群)と全く何もなかった人(ノーマル群)とを集めて、脳構造の違いを比較しました。
すると以下の図のように、赤く光っている部分が目撃群とノーマル群とで違いがあるという結果になりました。
この部位は、視覚に関係する領域です。
目撃群はノーマル群に比べて、脳の視覚領域の表面部分が委縮しているのです。
そして、特に目撃場面別にみた場合に、言葉の暴力がふるわれているところを目撃した場合にこの脳領域の構造の委縮がひどいという報告もされています。(下図の右から二つ目verbalの棒グラフ)
つまり、ドメスティック・バイオレンスでも、悪口・罵声を浴びせられている場面をよく目撃しているほど脳の視覚に関連する領域が悪くなるのです。
この視覚領域の脳の萎縮でどのようなことが起こるかというと、物事の視覚的認識が鈍くなることは明確ですが、中には睡眠障害に関連しうるという報告もあります。
それくらい、ドメスティック・バイオレンスを目撃することは、将来の日常生活に影響します。
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②ドメスティック・バイオレンスは脳のつながりを悪くする
次にご紹介する研究は、脳のつながりに関する話題です。
脳は様々な領域が繋がっていて、情報をやりとりしています。
なので、脳領域のつながりが悪ければ、情報伝達も上手く行かず、脳があまり機能しなくなります。
Choi et al. (2012)は、先ほどの研究と同じように、ドメスティック・バイオレンス目撃群とノーマル群との脳構造を比較しました。
すると、図の黄色で光っている部分の構造が目撃群では悪いことを示しました。
緑で描かれているのが、脳構造のつながりです。
脳の後ろの方から前に情報を伝達する経路が描かれています。
この経路の黄色い部分のつながりが、目撃群では悪いのです。
さらに、驚くべきことに、この部分のつながりは、殴ったり引っかいたりする物理的なDVではなく、悪口・罵倒などのように言葉によるDVを目撃したと報告している人ほど悪くなっているというのです(下図の一番右側verbal>physicalの棒グラフが最も低くなっています。これが脳構造のつながりぐあいの悪さを示しています)。
先ほどの研究ととても似ていますが、今回の研究では、繋がりがキーポイントです。
この領域のつながりが悪いと、言葉の理解や言葉を発することがうまくできなくなる可能性が出てきます。
言語領域に特に関わる領域であり、言葉のDVでさらにこの領域のつながりが悪くなるということは整合性がある結果だと思われます。
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③まとめ
以上が、神経科学(脳科学)が解明したドメスティック・バイオレンスの目撃による脳への影響です。
実際に被害にあうだけではなく、DV場面を目撃するだけで脳構造に悪影響がでることは衝撃的です。
児童虐待の疑いがある家庭だけではなく、ドメスティック・バイオレンス自体が疑われる家庭にいる子どもも保護の対象とするべきです。
それが、実際に被害にあっていなくともです。
家族のためであり、子供のためでもあります。
ただし、一つ注意が必要なのが、子供と母親の間ではドメスティック・バイオレンスの被害報告に差が出ることです(Kitzmann et al., 2003)。
Kitzmann et al. (2003)は、特に母親の方が、より被害をより大きく報告する傾向があると言います。
つまり、逆に言えば、子供は母親よりもDV被害を過小評価して報告するということです。
子供が、少しでもドメスティック・バイオレンスの話をすれば、実際の被害はもっとひどい可能性があるということです。
児童相談所をはじめとする相談窓口で、母親の報告に偏りがあると思われても、その報告は重く受け止めて一刻も早く対処するべきでしょう。
というのも、実際に子供は被害にあってなくても目撃するだけで脳の発達に悪影響がでるからです。
実際に対処して、DVがなかったらいいですが、対処せずにDVがあった場合が一番悲惨です。
一人でも多くの命を救うため、また一人でも多くの子供の幸せのために。
まずは正しい知識から。
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参考文献
Choi et al. (2012). Reduced Fractional Anisotropy in the Visual Limbic Pathway of Young Adults Witnessing Domestic Violence in Childhood. Neuroimage, 59(2), 1071-1079.
Kitzmann et al. (2003). Child Witness to Domestic Violence: A Meta-Analytic Review. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 71(2), 339-352.
Tomoda et al. (2012). Reduced Visual Cortex Gray Matter Volume and Thickness in Young Adults Who Witnessed Domestic Violence during Childhood. Plos One, 17(12), e52528.
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