・匂いや香りに慣れたり、感情の影響を受けたりするのはなぜ?
・匂いや嗅覚の脳内メカニズムはどうなっているの?
匂いや香りは私たち人間には欠かせません。
匂いや香りのない料理は味がないのと変わりません。
シャンプーや化粧品または芳香剤まで我々の日常は匂いと香りにあふれています。
以前の記事「匂いと嗅覚の心理学:香りを制する者は魅力と能力UPにつながる」では、匂いと嗅覚の心理学的知見を取り上げました。
匂いや香りには、記憶や注意などの認知機能の他に疲労回復まで関わります。
今回はそのような身近にある匂いと嗅覚の謎を脳科学の視点から解説します。
匂いや香りの脳内メカニズムが分かれば、良い匂いや香りの開発にもつながります。
本記事では以下のことが学べます。
2. 匂いや香りによって神経細胞の活動パターンが異なる。
3. 匂いや香りの場所の特定
4. 匂いや香りの慣れについて
5. 匂いや香りと感情の影響について
- 目次
- ①匂いや香りは脳内でどのように処理されているのか?動物や昆虫の研究から見る嗅覚の脳科学
- ②匂いや香りの脳内メカニズム:人間の研究から見る嗅覚の脳領域と処理
- ③匂いや香りに身近な疑問の脳科学:匂いへの慣れと感情との関係
- ④まとめ
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①匂いや香りは脳内でどのように処理されているのか?動物や昆虫の研究から見る嗅覚の脳科学
嗅覚の脳科学的研究については、1990年代からありますが、大半がラットを使った動物研究か虫を使った昆虫研究です。
動物や昆虫の研究では、神経細胞を直接測定することができとても有意義な研究結果が得られています。
Schoenbaum et al. (1998)は、ラットに神経活動を測定する電極を入れて、匂いや香りに関する脳活動の特定に成功しました。
ラットに、ある匂い1には反応し、別の匂い2には反応しないように訓練しました。
その訓練結果と脳活動が下の図です。
図のaは、トレーニングの結果を示しています。
縦軸が反応率。
Preがトレーニング前。
Postがトレーニング後です。
すると、odor 1つまり反応する匂いではpostの方がより反応率が上がっています。
逆に、odor 2つまり反応しないように訓練した匂いではpostの方が反応率が下がっています。
図のbが神経細胞の活動を表しています。
ここでの脳部位はamygdala(偏桃体)という部位です。
脳の奥の方にあり、よく感情の研究で登場する部位です。
少し見えにくいですが、Odor Offsetというラインが匂いが放たれた時点です。
黒い棒一つ一つが神経細胞の活動を表しています。
黒くなっているほど活動しているのです。
すると、odor 1では、匂いが放たれた瞬間に活動が活発になっていることがわかります。
逆に、odor 2では、匂いが放たれた後、活動がまばらであまり活性化していません。
図のcは、活動量をまとめた図です。
earlyが訓練始め、lateが訓練後半、post-criterionが訓練後です。
訓練が進むにつれて活動量が上がっています。
図の右側のReversal Trainingとは何かというと、反応する匂いを逆にしてトレーニングさせることです。
つまり、今までodor 1が反応する匂いでodor 2が反応しない匂いでした。
Reversal Trainingでは、odor 1が反応しない匂いで、odor 2が反応する匂いです。
すると、図bの神経活動もodor 1でまばらになり、odor 2で活性化しています。
図cでも、reversalでは活動が下がっており、反対にしてもそれに従って偏桃体の部位が反応しています。
この結果より、偏桃体は匂いに欠かせない脳部位だということがわかりました。
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次に神経細胞レベルの活動を詳細に調べた研究をご紹介します。
Christensen et al. (2000)です。
彼らは、昆虫の脳を使って、匂いを嗅がせて匂いの中枢部位の神経活動を記録しました。
人間の嗅覚領域に当たる脳部位です(後ほどご紹介します)。
すると匂いの違いで神経細胞にパターンがあることがわかりました。
それが以下の図です。
これは赤くなるほどその電極部の神経細胞が活動していることを示しています。
Odor Aとodor Bとでは、神経細胞の活動パターンに違いが見られます。
例えば、上の方の活動はAの方が高く、下の方の活動はBの方が高くなっています。
A+Bは、odor Aとodor Bとを合わせた匂いです。
単純に二つが合わさったパターンではなく、別のパターンが見られます。
それを概略化したのが下の図です。
図の左側が匂いが弱い場合。
右側が匂いが強い場合を表しています。
匂いが強い場合に注目してみると、匂いによって明らかに違いが見られることがわかります。
重要なのが、A+Bですが、単に匂いAと匂いBの足し算ではなく、新しいパターンが見られます。
これは、神経細胞同士が抑制・活性化したりしているからです。
この虫の研究から、匂いや香りの識別は脳の嗅覚部位の神経細胞の活動パターンによって行われていることがわかります。
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②匂いや香りの脳内メカニズム:人間の研究から見る嗅覚の脳領域と処理
これまでは動物や昆虫の研究を見てきました。
では人間では匂いはどのように処理されているのか?
Porter et al. (2005)は、様々な匂いがどこから匂うかを調べて、匂いや香りに関係する脳領域を特定しました。
その領域が下図です。
この図のAの赤青緑の領域が人間の嗅覚に関わる脳領域です。
Priform Cortexと呼ばれています。
昆虫の研究でも調べられた脳領域です。
図のBは、匂いが放出された時の脳活動を示しています。
図のCは、何の匂いかと右側か左側どこから来たのかを当てたときの脳活動です。
青の傍線が何の匂いかを当てたときの脳活動。
赤の傍線が匂いがどちらからきたのかを当てたときの脳活動です。
両方とも図Bと同じ軌跡を描いています。
つまり、匂いの特定と匂いの方向はこの領域が担っています。
さらに、匂いを特定するときと匂いの方向を認識する時とでは、一緒に活動する脳領域が異なります。
それを示しているのが下図です。
上の図Aは、匂いの方向に関わる脳領域です。
側頭葉の領域がともに活動しています。
逆に真中と下の図Bと図Cは、匂いの同定に関わる領域です。
それぞれ後頭葉と頭頂葉が関係しています。
まとめると
匂いの方向を識別する→priform cortexと側頭葉が活動する。
何の匂いかを同定する→priform cortexと後頭葉と頭頂葉が活動する
側頭葉は、海馬とかになるとノーベル賞で有名になった場所細胞と関係します。
なので、方向性がわかります。
後頭葉と頭頂葉は視覚や物の認識に関係しますので、匂いの領域とともに活動したと考えられます。
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③匂いや香りに身近な疑問の脳科学:匂いへの慣れと感情との関係
最後に、匂いや香りに関する身近な疑問に答えたいと思います。
匂いの慣れの脳科学
よく友人の家に遊びに行ったとき、家に入った瞬間独特の匂いを感じますが、ずっといると匂いが気にならなくなります。
これが匂いの慣れの現象です。
この現象を脳科学的に解き明かしたのが、Li et al. (2006)です。
彼らは、一つの匂いを長時間嗅がせて匂いの慣れの研究をしました。
匂いを嗅いでいる時の慣れまでの軌跡が下の図です。
図のAは、実験参加者が匂いの強さをどれだけ感じているかを表しています。
縦軸が実験参加者が思う匂いの強さ。
横軸が時間です。
匂いを嗅ぎ続けて時間が経過するにつれて、強さが下がっています。
つまり、匂いを嗅ぐほど、匂いの強さが弱いと感じるようになります。
その時の脳活動が下の図です。
この図のPCはpriform cortexで先ほど登場した脳領域です。
右側は、OFC(Orbito-Frontal Cortex)という脳の前の先端部の領域です。
両方とも嗅覚領域に近く、嗅覚に関係します。
この図のBとCが慣れに関してそれぞれの脳領域の活動量を示したグラフです。
縦軸が脳活動量。
横軸が時間です。
時間が経過するごとに活動が下がっています。
匂いの慣れのメカニズムは脳の先端領域と奥の領域が関わります。
嫌な匂いやきつい匂いの環境下に慣れる装置の開発とかも、このメカニズムの解明で進むかもしれません。
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感情の匂いへの影響
最後に、感情によって匂いの認識に影響がでることご紹介します。
Krusemark et al. (2013)は、不安を抱くような写真を見た前後で、匂いの感覚に差が生じることを示しました。
匂いを普通の匂い(neutral)と嫌な匂い(negative)の二つを用意しています。
すると不安を抱く前後で以下のような違いが生じました。
縦軸が匂いの評価値です。
マイナスほど良くないと評価しています。
白が不安を抱く前。
黒が不安を抱いた後です。
すると、不安前後では、匂いの評価が真逆になっていることがわかります。
不安を抱く前は、negativeな匂いの方が悪い評価だったのに、不安を抱いた後は、neutralな匂いの方がより悪い評価になっています。
不安という感情によってここまで匂いの認識に影響が及びます。
その時の脳活動が以下の図です。
またもや左側の図のようにOFCという領域が関係しています。
しかも真中の図のように、不安前後でneutralの匂いの場合の活動が変化しています。
さらに、OFCと一緒に活動している脳領域が右側の図です。
そう。
最初に登場した偏桃体の領域です。
つまり、不安を抱いてneutralを悪い匂いと評価した時に、OFCと偏桃体の活動が上がるのです。
不安時の匂いの識別に関する領域は様々ありますが、その概略図が以下の図です。
図のPPCとAPCはpriform cortexの後ろ側と前側を表しています。
Amygは偏桃体です。
Odorつまり匂いが入ってくると、まずpriform cortexに行きます。
そして、偏桃体を活動させて、OFCに行って活動させるという経路になっています。
このメカニズムを応用すれば、不安時や混乱時でもちゃんと匂いの特定ができるようになります。
特に火事のときのようにパニック時に匂いがちゃんと識別できないと命の危険が生じます。
今回の研究では、ラットの研究とを合わせると偏桃体が重要そうです。
そこにアプローチした装置や訓練が開発されるといいでしょう。
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④まとめ
以上より、匂いと香りの脳内メカニズムについて見てきました。
まとめると以下のようになります。
- 匂いの識別には、偏桃体が重要
- 匂いの種類は神経活動の発火パターンによって識別されている。
- 匂いの方向の認識には、priform cortexと側頭葉が関わる。
- 匂いの同定には、priform cortexと後頭葉と頭頂葉が関係する。
- 匂いの慣れは、priform cortexとOFCの活動低下による。
- 匂いと感情の関係性は、偏桃体がカギ
匂いや香りの認識は、我々の日常生活のQOLの向上にもつながります。
これらからの研究とともに、新製品開発にも注目したいと思います。
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参考文献
Chrinstensen et al. (2000). Multi-unit recordings reveal context-dependent modulation of synchrony in odor-specific neural ensemble. Nature Neuroscience, 3(9), 927-931.
Krusemark et al. (2013). When the Sense of Smell Meets Emotion: Anxiety-State-Dependent Olfactory Processing and Neural Circuitry Adaptation. Journal of Neuroscience, 33(29), 15324-15332.
Li et al. (2006). Larning to Smell the Roses: Experience-Dependent Neural PLasticity in Human Priform and Orbitofrontal Cortices. Neuron, 52, 1097-1108.
Porter et al. (2005). Brain Mechanisms for Extracting Spatial Information from Smell. Neuron, 47, 581-592.
Schoenbaum et al. (1998)Neural Encoding in Orbitofrontal Cortex and Basolateral Amlygdala during Olfactory Discrimination Learning. Journal of Neuroscience, 19(5), 1876-1884.
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