・睡眠時間を削って仕事や勉強しています。
・睡眠中脳はどうなっているの?
私たちの日常生活に欠かせない睡眠。
実は睡眠には大きな役割があります。
それが、記憶と学習を促進すること。
以前の記事「睡眠の効果の心理学:睡眠にまつわる謎と疑問を解説「量か質か」」では、睡眠の様々な促進効果について広く取り上げました。
今回は、睡眠中の脳内では何が起こっているのかを解説します。
睡眠中の脳内メカニズムが分かれば、記憶や学習を睡眠を有効活用することで効率的にできるようになります。
睡眠中にあることをすると記憶力がUPしたり・・・。
本記事では以下のことが学べます。
・睡眠によってなぜ記憶と学習が促進されるのか?
・睡眠の脳内メカニズムを応用した脳刺激法
・睡眠中の脳刺激により記憶力が向上
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①睡眠中脳内では記憶や学習したことを再現している。
先ほど睡眠の大きな役割として記憶と学習の促進を上げました。
実は、この効果は睡眠中に脳内で記憶や学習に関する脳領域が活動することで行われているのではないかと考えられています。
つまり、記憶したことや学習したことを脳内で再現しているのです。
ラットを用いた研究から得られた睡眠中の脳活動
まず重要なのは、動物研究から得られた知見です。
動物研究では、直接電極を脳に入れて脳活動を計測できるメリットがあります。
Wilson & McNaughton (1994)は、ラットに電極を挿入して空間記憶課題を行わせた後の睡眠中の脳活動を記録しました。
すると驚きの結果になりました。
この図は、記憶した場所に対応する海馬という脳領域の細胞ごとの活動です。
まるで地図みたいになっています。
ノーベール賞を受賞した場所細胞と呼ばれる細胞です。
実際に起きている時ではなく、寝ている時でも、空間記憶課題で記憶した場所に対応する脳細胞が活動します。
面白いのが、脳活動だけではなく、脳細胞同士のつながりも睡眠によって強化される点です。
この図の線は脳のつながりの強さを表しています。
つながりが強いほど線が赤くなります。
PREは空間記憶課題前。
RUNは空間記憶中。
POSTは空間記憶課題後の睡眠中の脳細胞のつながりです。
図から明らかなように、脳細胞同士のつながりが睡眠中でも維持されています。
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人間の睡眠中でも動物実験と同じような脳活動が見られる。
ラットの研究から、脳細胞レベルで睡眠中に記憶・学習したものが再現されていることがわかりました。
この現象は人間にも当てはまります。
Gais et al. (2002)は、脳波を用いて、記憶・学習した場合の脳活動としなかった場合の脳活動を比べました。
一般的に、睡眠には段階があります。
レム睡眠(REM睡眠)とノンレム睡眠(NREM睡眠)です。
そして、NREM睡眠には四段階あり、特に睡眠の第二~第三段階特有に見られる脳活動が学習・記憶に関わることが明らかにされました(Gais et al., 2002)。
学習や記憶をすると睡眠中の脳活動に違いが生じることが分かりましたが、ラットの研究のように記憶・学習したことが再現されているのでしょうか?
それを突き止めたのが、Huber et al. (2004)です。
彼らは、手の空間運動学習課題を用いて脳波を計測し、学習したことが睡眠中に再現されるかを確かめました。
この図は空間運動学習の成績です。
縦軸がエラー率。
横軸が練習量です。
どのグラフも学習するごとにエラー率が低くなっています。
つまり、空間運動学習が上手くできたということです。
この後の睡眠中の脳波の活動が以下の図です。
このように、ちょうど頭頂葉に当たる部分が赤く活動していることがわかります。
空間運動学習は頭頂葉が活性化することが過去の研究で示されています。
なので、睡眠は頭頂葉を活動させて空間運動学習を再現していることが示されました。
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より詳細に人間の睡眠中の脳の活動を測定した研究
脳波だと脳の領域の詳細な場所まではわかりません。
なので、Yotsmoto et al. (2009)はより詳細な脳領域特定のために、fMRIを用いて睡眠中の脳活動を計測しました。
Yotsmoto et al. (2009)は、脳の視覚野であるV1という脳部位に特に注目しました。
というのも、脳の視覚野には、レチノトピーと呼ばれるものがあります。
レチノトピーとは、先ほどのラットの研究のように、地図のような視覚のある地点に対応する脳領域が決まっていることです。
Yotsmoto et al. (2009)は、視覚学習課題を用いてV1に対応するように工夫し、睡眠中にこの領域の活動が見られるかで、学習が睡眠中に再現されるのかを検証したのです。
すると以下のようになりました。
縦軸がV1の脳活動量です。
白が学習前の睡眠中の脳活動。
黒が学習後の睡眠中の脳活動です。
すると、学習後の方が明らかに活動しています。
これは、人間の睡眠中の脳内でも記憶・学習したことが再現されていることを示しています。
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②睡眠中に様々な刺激を脳にすることで記憶・学習を促進する。
先ほどまでの研究で、人間の睡眠には記憶・学習したことを再現する役割があることがわかりました。
では、この脳内メカニズムを利用して記憶・学習の効果を上げることができないのか?
答えはYESです。
直接機械を使って睡眠時に似た波長の刺激を脳に与えることで記憶を促進
Marshall et al. (2006)は、単語を記憶させて、NREM睡眠中に睡眠と似た波長の刺激を脳に当てることで記憶が促進されることを示しました。
この図は、刺激時の概略図です。
1234がノンレム睡眠に当たります。
先ほど示した、記憶・学習を再現する睡眠段階です。
単語を学習させた(Learning)後の睡眠時の睡眠段階2~4の時に刺激を与えました。
赤で示されているのが、刺激です。
すると起きた後の学習成績(Recall)が以下の図のようになりました。
縦軸が思い出した単語の数。
白が刺激なし条件で、黒が刺激した条件です。
明らかに刺激した方が記憶成績が上がっています。
さらに睡眠中の脳波の活動にも刺激による影響が出ています。
左の上下の図のみに注目してください。
上が前頭葉の活動。
下が頭頂葉の活動です。
刺激は前頭葉にしています。
刺激された時の脳活動が赤で、刺激なしが黒です。
これらの図の縦軸は、脳活動量。
横軸は、周波数を表しています。
脳波の場合、α波とかβ波とかがあります。
聞いたことある方が多いと思います。
このα波とかβ波というのは脳波の周波数帯域を表しています。
例えば、α波だと8~12Hzの周波数帯域を表します。
上の図の前頭葉の活動を見てください。
刺激した周波数は、図の左の方にねずみ色で示されています。
この領域を刺激したのに、8~12Hzのα波帯域の活動が見られます。
下の、頭頂葉は、12~14Hzの帯域の活動が見られます。
つまり、刺激1~3Hzくらいの周波数の刺激を行うと記憶や学習に関係するα波帯域の活動も見られるということです。
このようにして、記憶・学習率が向上したのです。
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匂い刺激を睡眠中の脳に与えて記憶・学習を促進する。
次に研究された刺激が匂いです。
Rasch et al. (2007)は、神経衰弱のような空間記憶課題の最中に嗅がせた匂いを睡眠中に嗅がせることで、記憶成績が向上することを示しました。
下の図が概略図です。
神経衰弱(Learning)→睡眠(この時に匂いを嗅がせる)→神経衰弱(Retrieval)
の順です。
S1~S4はノンレム睡眠の睡眠段階です。
この研究でも、睡眠段階3~4くらいの深い睡眠時に刺激を行っています。
すると記憶成績は以下のようになりました。
縦軸が記憶成績。
白が学習時に嗅いでいない匂いを睡眠時に刺激した場合。
黒が学習時に嗅いでいた匂いを睡眠時に刺激した場合です。
すると明らかに課題中に嗅いでいた匂いを睡眠中に嗅がせた方が記憶成績が上がっています。
なお、注意が必要なのが、匂いなら何でもいいわけではないこと。
この研究の場合、匂い刺激が学習時と同じ場合に限ります。
「〇〇の香りがいい」というのはまた別の話です。
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音刺激を睡眠中の脳に与えることで記憶・学習を促進する。
最後は音刺激です。
音にはリズムがあり、脳の周波数と相性がいいです。
Ngo et al. (2013)は、単語対を覚えさえた後、睡眠中に決まった音刺激を与えて記憶成績が向上することを検証しました。
まず、音刺激が脳に影響を与えるかを見ます。
縦軸は、脳活動量。
横軸は時間です。
赤が音刺激を与えた時。
黒がそうでない時です。
すると、寝ている時の脳波の活動は平板なのに、音刺激を与えると普通の時みたいに活動することが確かめられます。
脳波の活動は、波になります。
なので、赤で示された波形は脳がちゃんと刺激されていることを示しています。
起きた後の記憶成績が以下の図です。
縦軸が正答率。
白が音刺激あり。
黒が音刺激なしです。
明らかに音刺激がある方が成績が高いです。
なおここでも注意が必要なのが、音刺激なら何でもいい訳ではありません。
ちゃんと実験通りに、さまざまな要因を統制された音刺激でないと効果はありません。
音楽に夢中になって眠れなくなると逆効果ですからね。
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③まとめ
以上より、睡眠時の脳内メカニズムと記憶・学習の関係性を見てきました。
まとめると以下のようになります。
- 動物研究から、睡眠中の脳活動は記憶・学習したものを再現していることが示された。
- 人間でも同様の現象は生じる。
- 特に、ノンレム睡眠の深い睡眠のときにそれが生じる。
- 睡眠時に脳に刺激を与えると記憶・学習成績が上がる。
- 機械による睡眠時に似た周波数の刺激により記憶成績は向上する。
- 学習時に嗅いだ匂いを睡眠時に嗅ぐと記憶成績が向上する。
- 決まった音刺激を睡眠時に与えると記憶成績が向上する。
睡眠は謎の多い現象です。
ただし、今回の記事でその重要性の一端は理解できるかと思います。
記憶・学習は仕事でも勉強でも必要なのです。
決して削って軽んじない方がいいです。
その他にも、睡眠にはご紹介していない様々な効果があります。
それを考慮すると、睡眠は大事にしたいものです。
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参考文献
Gains et al. (2002). Learning-Dependent Increases in Sleep Spindle Density. Journal of Neuroscience, 22(15), 6830-6834.
Huber et al. (2004). Local sleep and learning. Nature, 430, 78-81.
Marshall et al. (2006). Boosting slow oscillations during sleep potentiates memory. Nature, 444, 610-613.
Ngo et al. (2013). Auditory Closed-Loop Stimulation of the Sleep Slow Oscillation Enhances Memory. Neuron, 78, 545-553.
Rasch et al. (2007). Odor Cues During Slow-Wave Sleep Prompt Declarative Memory Consolidation. Science, 315, 1426-1429.
Yotsumoto et al. (2009). Location-Specific Cortical Activation Changes during Sleep after Training for Perceptual Learning. Current Biology, 19, 1278-1282.
Wilson & McNaughton (1994). Reactivation of Hippocampal Ensemble Memories During Sleep. Science, 265, 676-679.
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