・不確実な現状と未来にどう立ち向かうか?
・不確実性下でも正しい意思決定をしたい。
現代は不確実な状況下にあります。
ビジネスや政治など何らかの決断を下す時に、不確実性と対峙しないといけません。
このような状況を総称して、日本ではVUCA時代とも呼ばれており、現代社会のキーワードになっています。
社会学者のジグムント・バウマンは、このような現代を「リキッド・モダニティ」と呼んでおり、これまでと違う価値観や考え方をしないといけないようです。(ジグムント・バウマンの「リキッド・モダニティ」について詳しく知りたい方は「変わりゆく近代社会のアイデンティティ・移り行く権力論と個人の自律」の記事をお読みください)
不確実性下で人間がどのような行動を取り、それがどのようなメカニズムで生じるのかを理解すれば、ビジネスでも経済でも意志決定をする上で役に立ちます。
そこで今回は、心理学と脳科学の知見を基に、不確実性下での意志決定に関するエビデンスをご紹介します。
人間は不確実性に脆い生き物だといえるでしょう。
本記事では以下のことが学べます。
2. 不確実性を人はどのように認識しているのか?
3. 不確実性を認識している時の脳内メカニズム
4. 不確実性にどう立ち向かうか?
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①不確実性の心理学:不確実性下で人間はどのような行動を取るのか?
不確実性に関する研究は結構古くからあります。
脳科学の研究だと、2001年くらいから研究が出ています。
心理学では意外にもあまり研究がありません。
それでも、脳科学と合わせて、不確実性下での意思決定に関するいくつかの行動傾向は発見されています。
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リスクと不確実性とでは賭けに出る傾向が異なる。
ビジネスでも経済でもいざというときにはリスクを背負って賭けに出なければなりません。
しかし、リスクと不確実性とは性質が全く異なります。
リスクは結果が分かる状態の不安ですが、不確実性は結果すら想定できない漠然とした不安です。
リスクと不確実性との行動傾向の違いを示したのが、FeldmanHall et al. (2016)です。
彼らは以下のような実験を行いました。
この図のAとBがそれぞれリスク条件と不確実性条件です。
図Aではリスク条件で、確実に5$を得るか、赤の確率で50$得られるけれども青の確率で0$になるかのどちらかを選ぶ課題です。
図Bは不確実性条件で、確実に5$得るか、賭けで20$得られるかを選択します。
しかし、グレーで示されているように、成功確率が不確実です。
図Cの左側のように、リスク条件の成功確率は、75%、50%、25%の三つがあります。
他方、右側のように、不確実性が24%、50%、74%と大きくなる三つの条件があります。
この二つの条件を比べて、確実な方か賭けかどちらを選ぶかを確かめました。
すると結果は以下のようになりました。
図Aがリスク条件で、図Bが不確実性条件です。
縦軸が賭けを選んだ割合です。
横軸が賭けの三条件です。
すると、図Aより、賭けで勝つ確率が高いほどギャンブルを選ぶ傾向があります。
これは当然の結果です。
しかし、図Bより、不確実な状態だと、不確実性が高いほど賭けを選ぶ確率は低くなります。
不確実性が大きいほど賭けに出にくいというのは面白い結果です。
というのも、勝つ確率がわからないだけで、50%のギャンブルと本質的には変わらないからです。
つまり、人間は経済的な意志決定において不確実性を嫌う傾向にあります。
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不確実性下でのネガティブ・バイアス
次は、不確実性下での意思決定では、ネガティブな方に選択が集中するネガティブ・バイアスが見られるという研究です。
Sarinopulos et al. (2009)は、ネガティブな嫌な絵と普通の絵とを用意しました。
実験では、「X」という手掛かりが表示されると嫌な絵が出ます。
一方、「O」という手掛かりが表示されると普通の絵が出ます。
そして、「?」という手がかりが表示されると五分五分の確率で嫌な絵か普通の絵が出ます。
この時、実験参加者は、手掛かりが呈示された時に嫌な絵と普通の絵のどちらが表示されるのかをボタン押しで知らせます。
重要なのは、「?」という不確実な条件の時の実験参加者の反応です。
ボタン押しの結果、半分以上の実験参加者が、「?」が表示された時に、65~85%の確率で嫌な絵が出ると回答したのです。
「?」が出た時に嫌な絵が出る確率は50%なのにです。
つまり、不確実性下の意志決定では悪い方が出ると判断する可能性が高くなります。
先ほどの研究と合わせると、意志決定は不確実性により保守的になり、ネガティブなものになります。
通常での意志決定とは異なるのです。
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②不確実性の脳科学:不確実性を認識する時の脳内メカニズム
不確実性がある場合の意志決定が普通の合理的な意志決定とは異なることがわかりました。
では、その時の脳内メカニズムはどのようになっているのでしょうか?
不確実性の認識には前頭葉が欠かせない。
まず初めは、不確実性の認識には前頭葉が大きく関わっていることです。
Critchley et al. (2001)は、fMRIを用いて、不確実性下での意思決定場面での脳活動を測定しました。
すると以下のようになりました。
この図の右側の図が不確実性と脳活動との関連を表しています。
縦軸が脳活動。
横軸が不確実性の高さです。
すると、上下どちらの図でも、不確実性が上がるほど脳活動も高まることが分かります。
その脳領域が、a) 前帯状回(ACC)とb) 眼窩前頭野(OFC) / 前島皮質(AI)です。
a)は葛藤や悩んでいる状態などと関係する領域です。
なので、不確実性が高まるとそれだけ意志決定に悩んでいたり葛藤を覚えていると想定されます。
一方、b)は報酬や何かを得ることで活性化する脳領域です。
なので、不確実性下でどれほどお金や報酬を獲得できるかを計算していると考えることができます。
このように、前頭葉や脳の少し奥の方の前帯状回の領域が関係します。
重要なのが、この前頭葉の領域が損傷されると不確実性に対して正常に対処することができなることです。
Fellows & Farah (2007)は、下図のaのように前頭葉を損傷した患者さんとbのように前頭葉以外を損傷した患者さんと健常者を比較しました。
意志決定課題で、どの絵が好きかを答えさせる課題です。
この課題では、単に好きなものを答えさせるだけですが、例えば、「AはCより好き」と答えたのに「CはAよりも好き」と後程間違えるかどうか(エラー)を見ています。
意志決定には、以前選択したことから学ぶことが重要です。
これは不確実性下でも重要な能力です。
最近では、この能力が不確実性下でも重要であることが示されています(Payzan-LeNestour et al., 2013)。
この課題の結果が以下の図です。
この図の重要な部分は右側の図です。
縦軸がエラー率。
ドット柄が健常者。
斜線が前頭葉以外を損傷した患者さん。
黒が前頭葉を損傷した患者さんです。
すると、ダントツに、前頭葉を損傷した患者さんでエラー率が高く、過去の学習を無視する傾向があることが示されました。
前頭葉は、意志決定において過去からの学びを反映するのに重要です。
これは不確実性下でも同じですので、前頭葉は不確実性の認識にも重要であると思われます。
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不確実性の認識には偏桃体も関係する:不確実性を忌避する傾向のメカニズム
次は、不確実性の認識にネガティブな感情に関係する偏桃体の活動が関わることです。
Hsu et al. (2005)は、自分で賭けを選択できるタスク(リスク条件)と自分で賭けを操作できないタスク(不確実性条件)とを比べることによって不確実性の脳内メカニズムを調べました。
すると結果は以下のようになりました。
図Aは、偏桃体(Amygdala)と呼ばれる領域です。
図Cを見てみると、右脳と左脳の両方の偏桃体が不確実性条件でリスク条件よりも活動が高くなっています。
ちなみに、図Cの青が不確実性条件です。
また、先ほどご紹介したように、図Bでは前頭葉の活動が見られています。
前頭葉も、偏桃体と同様の活動が見られます。
偏桃体は、嫌な刺激にさらされたり、嫌な感情が出た時に活動します。
なので、不確実性を人間は嫌うという特性があると思われます。
先ほどご紹介したネガティブ・バイアスや不確実な選択肢を選ばない行動傾向は、偏桃体の活動の反映だとも言えそうです。
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不確実性の認識には頭頂葉も関係する。
最後に、不確実性の認識には頭頂葉もかかわります。
Huettel et al. (2005)は、不確実性の大きさを操作して、不確実性に関する脳領域の特定を行いました。
すると、前頭葉や島皮質と同様に以下の領域の脳活動も見られました。
図Aの頭頂間溝(IPS)と呼ばれる部分が赤く光っています。
不確実性の大きさによって活動量の変化を示しているのが、図Bです。
図Bでは、○%と示されていますが、これが不確実性の大きさを表します。
左側が左脳で、右側が右脳です。
すると、左脳と右脳のどちらでも、不確実性が大きくなるほど活動量が上がっています。
つまり、不確実性と強く関係しているのです。
この頭頂葉がなぜ重要なのか?
おそらく、頭頂葉は計算に関係する領域だからだと思われます。
不確実性下だと計算も難しくなります。
その困っている状態を表しているのかもしれません。
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③まとめ
以上より、不確実性下の意志決定について心理学的行動傾向と脳内メカニズムを見てきました。
まとめると以下のようになります。
- 人間は不確性な嫌う傾向にある。
- 不確実な状況だとネガティブに考えてしまうネガティブ・バイアスが生じる。
- 不確実性下での意志決定には、眼窩前頭葉(OFC)・前島皮質(AI)・前帯状回(ACC)などの前頭葉が必要。
- 不確実性の認識には偏桃体(Amygdala)が重要
- 偏桃体の活動が不確実性を避けたり、ネガティブ・バイアスを引き起こす可能性がある。
- 不確実性の認識には頭頂葉が重要。
不確実性とは一種の不安かもしれないとも私は思っています。
例えば、過去の記事「決断するのが不安な人のために~不安時の意思決定の心理学・脳科学」では不安下での意志決定について述べています。
不安を抱いていると、ギャンブルを避けがちですし、ネガティブに反応してしまいます。
偏桃体との活動とも関係します。
では、不確実性とはどのように向き合えばいいのか?
まずは、不確実な状態を理解し冷静に周りを見る。
そこで、今回の記事のように、不確実性下では意志決定に偏りが生じることを思い出し、大胆に行動に出る時は勇気を持つ。
あるいは、不確実性による不安のような感情からできるだけ離れることや感情コントロールをすることです。
ちなみに、感情コントリールについては「科学的に正しい感情コントロールの方法:EQを高めて怒らない自分になる」こちらの記事に詳しく解説しています。
経営者や国会議員のように不確実性の高い意志決定をするリーダーにはこの記事の内容を理解していただけると良いかもしれません。
皆さんのより良い判断に、本記事が役立てば幸いです。
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参考文献
Critchley et al. (2001). Neural Activity in the Human Brain Relating to Uncertainty and Arousal during Anticipation. Neuron, 29, 537-545.
FeldmanHall et al. (2016). Emotion and Decision-Making Under Uncertainty: Physiological arousal predicts increased gambling during ambiguity but not risk. Journal of Experiment Psychology; General, 145(10), 1255-1262.
Fellows & Farah (2007). The Role of Ventromedial Prefrontal Cortex in Decision Making: Judgment under Uncertainty or Judgment Per Se ? Cerebral Cortex, 17, 2669-2674.
Huettel et al. (2005). Decisions under Uncertainty: Probabilistic Context Influences Activation of Prefrontal and Parietal Cortices. Journal of Neuroscience, 25(13), 3304-3311.
Hsu et al. (2005). Neural Systems Responding to Degree of Uncertainty in Human Decision-Making. Science, 310, 1680-1683.
Payzan-LeNestour et al. (2013). The Neural Representation of Unexpected Uncertainty during Value-Based Decision Making. Neuron, 79, 191-201.
Sarinopoulos et al. (2010). Uncertainty during Anticipation Modulates Neural Responses to Aversion in Human Insula and Amygdala. Cerebral Cortex, 20, 929-940.
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