・あまりたくさんのことを一気に覚えられません。
・脳の記憶キャパシティを大きくするにはどのようにすればいいですか?
記憶は人間が生活する上で必須の能力でありながら、個人差があります。
人によっては一気にたくさんのことを頭にいれられます。
逆に、あまり一斉に記憶できない人もいます。
このような一気に複数のことを頭の中に一旦置いておく記憶のことを「ワーキングメモリ」といいます。
ワーキングメモリは、いわゆる脳の記憶キャパシティを表しており、要領には限界があると言われています。
そこで今回は、ワーキングメモリの容量と限界について心理学と脳科学の知見を参考に考えます。
ワーキングメモリの容量は、環境や気分によって変化します。
また、ワーキングメモリ容量の向上方法もご紹介します。
ちなみに、ワーキングメモリを向上させる脳トレについての話は、「血液型性格診断・脳トレ・アドラー心理学の事実」と「脳トレや頭の体操で頭は良くなるのか?脳トレの認知機能向上についてのまとめ」の記事でも解説しています。
合わせて読んでいただけると幸いです。
本記事では以下のことが学べます。
2. ワーキングメモリの脳内メカニズム
3. ワーキングメモリの容量を下げる要因
4. ワーキングメモリ容量を向上させる方法
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①脳の記憶キャパシティであるワーキングメモリの容量と限界
ワーキングメモリの容量には限界があると言われています。
心理学では、「マジカルナンバー7」や「マジカルナンバー4」と呼ばれています。
マジカルナンバー7に関しては、例えば単語や数字を記憶する時に、大体7∓1個くらいしか一気に記憶できないことを示しています。
他方、マジカルナンバー4に関しては、色の配置や図形など視覚的なものを記憶する時に、大体4つくらいしか一気に記憶できないことを示しています。
最近の議論では、ワーキングメモリの容量は大体4つくらいだと言われています。
例えば、Vogel & Machizawa (2004)は、図形の配置と色を覚えさえせる課題をさせました。
すると、実験参加者の成績は大体4つくらいしか覚えられないということがわかりました。
そしてその時の脳活動が以下の図です。
色が覚えるものの数を表しています。
縦軸は脳活動です。
すると、上の図から、覚えるものが多くなるにつれて脳活動が大きくなっていくことがわかります。
重要なのが下の図です。
覚える数が4つの時と6つの時とで脳活動に違いはありません。
つまり、4つの時に脳活動も頭打ちになるのです。
さらに、Vogel et al. (2005)は、ワーキングメモリの容量が大きい人と小さい人とを分けて同様の研究をしました。
その結果が以下の図です。
この図は、黒と青が覚える数で2つと4つの時です。
赤が、覚えるものは2つですが覚えてはいけない無視するものも2つあります。
つまり、ノイズが2つあるということです。
左がワーキングメモリ容量が高い人の脳活動。
右がワーキングメモリ容量が低い人の脳活動です。
それぞれ見ると、ノイズがある場合、ワーキングメモリ容量が高い人はあまり活動していません。
逆に、ワーキングメモリ容量が低い人は、4つ覚えるのと同じくらい活動しています。
よって、ワーキングメモリ容量は、ノイズを無視することとも関係します。
この事実は後程関係してきます。
では、ワーキングメモリをトレーニングした場合、ワーキングメモリ容量はどうなるのか?
Olesen et al. (2004)は、それを調べました。
その結果が下図です。
この図は、縦軸が正答率です。
横軸がトレーニング日数です。
▲が難易度低、●が難易度中、■が難易度高の課題です。
4日目までは成績がどの課題難易度でも上がっていますが、4日目から成績があまり上がっていません。
つまり、4日でトレーニングの効果も頭打ちになるのです。
これは、ワーキングメモリをトレーニングしても獲得できる容量には限界があることが示唆されています。
この時の脳活動が以下の図になります。
上の図から、主に前頭葉と頭頂葉の活動がワーキングメモリ容量には重要でありことが示されています。
下の図は、各領域の脳活動量を示しています。
縦軸が活動量。
▲が前頭葉、■が頭頂葉です。
すると、脳活動でも4日目で活動量が頭打ちになっていることがわかります。
脳のメカニズム的にもワーキングメモリ容量はトレーニングしても限界があるのです。
このワーキングメモリ容量の限界について調べたのが、Bays & Husain (2008)です。
彼らは結構複雑な研究をしてますが、結論としてワーキングメモリの限界について以下のように述べています。
ワーキングメモリ容量は単に、一つの画面で全ての物体間でシェアする資源の限界で説明できる
つまり、あるシーンを見て覚える時に、それぞれのものに自分の頭の中の限られた資源を割り当てて見ます。
全てを見れるわけではありませんから。
その物体間で共有している限られた資源がワーキングメモリ容量として表現されるのです。
とても興味深い考察です。
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②ワーキングメモリ容量が低下する要因
ワーキングメモリ容量は環境や気分によって左右されます。
性差別的なステレオタイプはワーキングメモリ容量低下につながる。
まず最初は、偏見(ステレオタイプ)の目を向けられるとワーキングメモリ容量が低下するという研究です。
Schmader & Johns (2003)は、「女性は数学が苦手」というステレオタイプを言った場合とそうでない場合とを比べて、数字を使ったワーキングメモリ課題をさせました。
すると結果は以下のようになりました。
縦軸がワーキングメモリの容量。
Stereotype Threatが「女性は数学が苦手」と言った条件。
Controlがそうでない条件です。
黒が女性の成績で白が男性の成績です。
すると、Stereotype Threat条件で、女性の成績が男性よりも下がっていることが顕著にわかります。
つまり、偏見的発言はワーキングメモリ容量を下げるのです。
さらに、数学のテストの点数も実際に下がるので、要注意です。
これは女性にだけに言えるわけではありません。
例えば、営業職男性に「男性は女性より営業取れない」と言うことなども当てはまります。
普段の会社での発言でその人のパフォーマンスを落としているのかもしれません。
この観点からでも、セクハラやパワハラは良くないことがわかります。
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ネガティブ感情はワーキングメモリ容量を低下させる。
人は感情によって左右されます。
これはワーキングメモリ容量も同じです。
Curci et al . (2013)は、物語を実験参加者に読ませることで、その前後のワーキングメモリ容量を調べました。
ネガティブ感情喚起には、村上春樹の憂鬱な小説を読ました。
物語を読む前後のワーキングメモリ容量の変化が以下の図です。
縦軸は、ワーキングメモリ容量。
Testが物語を読む前の成績。
Retestが物語を読んだ後の成績です。
ねずみ色のNegativeが村上春樹を読んだ条件。
黒のneutralが感情を喚起させなかった比較のための条件です。
Low WMがワーキングメモリ容量の低い人。
High WMがワーキングメモリ容量の高い人です。
すると、ワーキングメモリの容量に関係なく、ネガティブ感情を抱いた後の成績が下がっていることがわかります。
つまり、ネガティブ感情がワーキングメモリの容量を下げるのです。
なぜネガティブ感情がワーキングメモリの容量を下げるのかも調べています。
ネガティブ感情ほど、頭の中でぐるぐると反芻しませんか?
不安なときは不安が頭の中で何度も蘇ります。
それが、ワーキングメモリ容量低下に繋がっていると考えたのです。
この図はそれを概略的に表しています。
左がネガティブ感情、真中がネガティブ感情の反芻、左がワーキングメモリ容量です。
C’の経路は、「ネガティブ感情→ワーキングメモリの低下」を示しています。
しかし、これには、ネガティブ感情の反芻という要因が介在しています。
つまり、結論として
ネガティブ感情が上がる→ネガティブ感情をより反芻する→ワーキングメモリ容量の低下
となります。
感情に支配されると記憶にも影響が出ます。
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③マインドフルネスによるワーキングメモリ容量の向上
最後に、ワーキングメモリの容量が向上する研究について見ます。
先ほどの章で、ネガティブ感情にさらされるとワーキングメモリ容量が低下することをご紹介しました。
そのネガティブ感情の影響をマインドフルネス(瞑想法)によって緩和できることを示したのが、Jha et al. (2010)です。
(ちなみに、マインドフルネスについては「マインドフルネスとは?科学から見るその効果と副作用」この記事で詳しく解説しています。合わせて読んでいただくと幸いです。)
彼らは、常に不安でいっぱいの軍隊員を対象にマインドフルネスのワーキングメモリ容量への影響を調べました。
彼らは、一定数の隊員に週二時間のマインドフルネスを八週間にわたって行わせました。
マインドフルネス前後でワーキングメモリ容量のテストをしています。
すると結果は以下のようになりました。
縦軸が、ワーキングメモリ容量の変化を示しています。
注目すべきは、Military ControlsとPracticeの欄です。
前者は、マインドフルネスの講義を受けなかった条件です。
不安でいっぱいの職場では、ワーキングメモリ容量がマイナスに下がっています。
他方、Practice条件がマインドフルネスの講義を受けた条件です。
Lowの方はあまりマインドフルネスの練習をしなかった群。
Highは指示通りにマインドフルネスの連勝をした群です。
すると、マインドフルネスの練習をした隊員は、ワーキングメモリ容量が向上しています。
少なくとも、不安によるネガティブ感情の影響は緩和されています。
あまりマインドフルネスの練習をしなかった隊員は、ワーキングメモリ容量が下がっています。
このことから、マインドフルネスはネガティブ感情によるワーキングメモリ容量の減少を抑えます。
さらに、マインドフルネスはワーキングメモリ容量を向上させる効果があることを示したのが、Mrazek et al. (2013)です。
彼らは、学生を対象に栄養学の講義を受けるコントロール条件とマインドフルネスの講義を受ける条件とを設けました。
講義の前後でワーキングメモリ容量の測定をしています。
すると以下の結果になりました。
縦軸はワーキングメモリ容量。
左側が栄養学の講義を受けた条件。
右側がマインドフルネスの講義を受けた条件です。
白が講義前、ねずみ色が講義後です。
すると、マインドフルネス条件では、講義前と比べて講義にワーキングメモリ容量が増加していることがわかります。
マインドフルネスはワーキングメモリ容量向上に役立つのです。
では、なぜマインドフルネスがワーキングメモリ容量を向上させたのか?
彼らは、課題中に課題に関係ないことを考える「Mind Wondering(マインドワンダーイング)」がマインドフルネスによって低下したからではないかと仮説を立てています。
実際の実験結果が以下の図です。
左右どちらの図も見方は一緒です。
縦軸がマインドワンダーイングの頻度。
後は先ほどご紹介したのと同じです。
すると、いずれの図でもマインドフルネスをした方がマインドワンダーイングの頻度が下がっていることがわかります。
つまり、ワインドワンダーイングという課題中のノイズや雑音が、マインドフルネスによってなくなっているということです。
最初の研究で、ワーキングメモリ容量の高い人はノイズがあってもそれほど脳活動が増加しないことに言及しました。
その研究と整合的である結果であり、とても興味深いです。
つまり、ワーキングメモリ容量の大きい人はノイズを気にしなかったり、他のことを考えたりしない傾向があると考えられます。
ノイズの処理が上手いのです。
実際にそれを実証したのがGaspar et al. (2016)です。
ワーキングメモリ課題時の脳内メカニズムについて調べています。
その結果が以下の図です。
上の図が、ワーキングメモリ容量が大きい人、真中が中ぐらいの人、下が容量が小さい人の脳活動です。
図のPDがワーキングメモリ課題の成績とかかわります。
一方、N2pcは、呈示された課題に惑わされている状態を表します(正確には、視覚探索を行っている状態です)。
図から、ワーキングメモリ容量が大きい人ほど、PDが大きく、N2pcが出ていないことが分かります。
逆に、ワーキングメモリ容量が小さい人は、PDが小さく、N2pcが大きく出ています。
つまり、脳科学的に、ワーキングメモリ容量が大きい人はノイズの処理がうまく、逆に小さい人はノイズの影響を受けることが示されたのです。
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④まとめ
以上より、ワーキングメモリ容量の研究について見てきました。
まとめると以下のようになります。
- ワーキングメモリ容量は、大体4くらい。
- ワーキングメモリ容量は、訓練しても限界がある。
- ワーキングメモリ容量は、ステレオタイプによって減少する。
- ワーキングメモリ容量は、ネガティブ感情の影響を受ける。
- ワーキングメモリ容量は、マインドフルネスによって向上する。
- ワーキングメモリ容量の違いは、ノイズの処理の違いと対応する。
全ての研究に共通しているのが、ワーキングメモリ容量は、ノイズの処理ができるかどうかと関係するということです。
最初に、ノイズがある研究でワーキングメモリ容量の高い人はノイズを難なく無視できます。
逆に、ワーキングメモリ容量の低い人は、ノイズに左右されます。
感情の反芻は、ノイズでもあります。
マインドワンダーイングも思考が生み出すノイズです。
なので、ワーキングメモリ容量は、ノイズの処理の上手さと関係しているかもしれません。
もちろん、ワーキングメモリ容量は、個人の記憶力を表してもいます。
本記事が記憶に悩む人のためになれば幸いです。
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参考文献
Bays & Husain (2008). Dynamic Shifts of Limited Working Memory Resources in Human Vision. Science, 321(5890), 851-854.
Curci et al. (2013). Negative Emotional Experiences Arouse Rumination and Affect Working Memory Capacity. Emotion.
Gaspar et al. (2016). Inability to suppress salient distractors predicts low visual working memory capacity. PNAS, 113(13), 3693-3698.
Jha et al. (2010). Examining the Protective Effects of Mindfulness Training on Working Memory Capacity and Affective Experience. Emotion, 10(1), 54-64.
Mrazek et al. (2013). Mindfulness Training Improves Working Memory Capacity and GRE Performance While Reducing Mind Wondering. Psychological Science, 24(5), 776-781.
Olesen et al. (2004). Increased prefrotall and parietal activity after training of working memory. Nature Neuroscience, 7(1), 75-79.
Schmader & Johns (2003). Converging Evidence That Stereotype Threat Reduces Working Memory Capacity. Journal of Personality and Social Psychology, 85(3), 440-452.
Vogel & Machizawa (2004). Neural activity predicts individual differences in visual working memory capacity. Nature, 428, 748-751.
Vogel et al. (2005). Neural measures reveal individual differences in controlling access to working memory. Nature, 438, 500-503.
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