・正しい判断をするには何が必要なのか?
・感情や衝動が抑えられません。
ビジネスの場や社会人になると正しく合理的な意思決定を求められます。
そのためには、自分の感情や衝動を抑えて客観的に判断するスキルが求められます。
このように、自分を抑えることを心理学や脳科学では「自己コントロール」と呼びます。
この自己コントロールのスキルは、正しく合理的な意思決定に不可欠の要素です。
前回の記事「意思決定と自己コントロール:最善の決断と判断のための心理学」では、この自己コントロール力の強弱と合理的な意思決定の関係性や自己コントロール力が弱まる状況について述べました。
今回は、自己コントロール力がどのような脳内メカニズムを経て合理的な意思決定に導くのかを解説します。
実は、自己コントロール力はダイエットなどにもつながる重要スキルです。
本記事では以下のことが学べます。
2. 自己コントロール力が合理的な意思決定に導く脳内メカニズム
3. 特に前頭葉の機能と報酬の評価との関係性について。
4. 自己コントロール力が下がる時の脳内メカニズム
5. 自己コントロールがダイエットなどにもつながる重要スキルだということ
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①自己コントロールが合理的な意思決定を導く脳内メカニズム
自己コントロール時に活動する外側前頭前野が重要
自己コントロール力が合理的な意思決定に結びつく脳科学的研究は意外と少ないです。
心理学的な自己コントロールの研究はたくさんありますが、脳活動を測定するのはなかなか難しい。
それでも、最近になってやっといろんなことがわかるようになりました。
代表的な研究が、Hare et al. (2009)です。
彼らは、下図のように、食べ物の画像を呈示して「どれくらいその食べ物が健康的か?(Health Block)」と「どれくらいその食べ物が美味しいか?(Taste Block)」を評価させました。
その後、各食べ物のどれを食べたいかを選ぶ課題(Decision Block)をさせました。
どれくらい健康的かという質問とどれくらい美味しいかという質問を基に、「嫌いで健康的ではない」「嫌いだけれど健康的」「好きだけれど健康的ではない」「好きで健康的」の四つのパターンに分けました。
その四つのパターンの食べ物について、どれを食べたいかで「Yes」と答えた割合を示しているのが図Bです。
縦軸がYesと答えた割合。
横軸が、四つのパターンの食べ物です。
図から赤と青の違いが見られます。
赤は好きな食べ物や健康的でない食べ物に魅了されている自己コントロールが弱い群とでもいえます。
一方、青は、自分の好きという衝動を抑えて健康的な食べ物を重視する自己コントロールが強い群とでもいえます。
これらの行動の結果から導き出された自己コントロールの強弱によって、脳活動に違いが出るのです。
まず、食べ物を見ている時に活動する脳領域が下図のように示されています。
図Aは、vmPFC(腹側内側前頭前皮質)という報酬の評価に関わる部位です。
この活動が食べ物という報酬によって上がっています。
図Bを見ると、食べ物の食べたさによってこの領域の活動が上がっていることがわかります。
重要なのは図Dです。
これは縦軸が脳活動。
横軸の左側が「どれくらい美味しそうか?」を判断した時。
右側が「どれくらい健康的か?」を判断した時です。
青は自己コントロールが高い群。
赤は自己コントロールが低い群です。
左側の「どれくらい美味しそうか?」という判定をしている時は、自己コントロールが低い群の方が高い群よりも活動量が高いです。
一方、右側の「どれくらい健康的か?」を判断している時は、自己コントロールが高い群の方が低い群よりも活動が高くなっています。
つまり、自己コントロール力の高低によって食べ物の報酬の大きさに違いが生じているのです。
自己コントロール力が高い群の方が健康的な食べ物を高く評価しています。
では、自己コントロール力の高低によって脳の活動領域に違いがでるのか?
それを示したのが下図です。
図Aの領域はdlPFC(背外側前頭前皮質)と呼ばれる領域で、自分の行動を抑制したりする脳部位です。
当然ながら、自己コントロール力が高いとこの領域の活動が高くなります(図B)。
面白いのが、図Cより、この領域の活動が高ければ高いほど、先ほどの報酬の評価に関わる脳領域の活動が低くなることが示されています。
つまり、dlPFCがvmPFCの活動を抑制しているのです。
自己コントロールが働き、不健康な食べ物の評価が低くなるメカニズムです。
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前頭葉の自己コントロール力は食べ物だけではなく、合理的な経済的意思決定にも役立つ
先ほどは食べ物の研究でしたが、このメカニズムは合理的な経済的意思決定の際にも働きます。
Figner et al. (2010)は、TMSという機械を使って、自己コントロールに必須の前頭前野の活動を抑えて、経済的意志決定課題をさせました。
経済的意志決定課題では、「今もらう1万円」か「後でもらう1万5千円」かを選ぶという課題です。
つまり、近視眼的に今すぐもらうのか、遠視眼的に後でより高額をもらうのかを選ばせるのです。
この課題により、近視眼的か遠視眼的かがわかります。
前頭葉の活動を抑えている時とそうでない時とを比べると以下のような結果になりました。
図aのみご覧ください。
縦軸が、後程もらう高額の選択肢を選んだ割合です。
横軸は、今もらう金額よりも後程もらう金額がどのくらい多いのかを示しています。
ねずみ色の折れ線が前頭葉を抑制した時の意思決定。
黒の折れ線が普段の意思決定です。
すると、ねずみ色の折れ線の方が下の方に来ています。
つまり、前頭前野の活動を抑制すると近視眼的に今もらう少額のお金を選ぶ傾向が高まるのです。
このことから、自己コントロールに関係する前頭前野が遠視眼的で合理的な意思決定に重要であることがわかります。
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②感情コントロールが合理的な意思決定には不可欠:ダイエットにも応用される?
自己コントロールについて解説してきましたが、その一つである感情コントロールも合理的な経済的意思決定に導くという研究があります。
Morawetz et al. (2019)は、ネガティブな写真を見せた後に感情コントロールをする条件とそうでない条件に分けます。
その後すぐに、リスキーなギャンブルをするかどうかを尋ねることで、感情コントロールと経済的意思決定の関係性を調べました。
その結果が以下の図です。
図Bが感情コントロールによる効果を示しています。
縦軸はリスクの高いギャンブルに出る割合。
横軸が条件です。
Decreaseが感情コントロールをした条件。
Look-Negativeが感情コントロールをしなかった条件。
Look-Neutralがそもそもネガティブな写真を見せていない条件です。
すると、Look-NegativeとLook-Neutralでは違いはありませんが、Decreaseではギャンブルに出る割合が下がっています。
つまり、感情コントロールをするとリスクの高い意思決定を取らなくなるということです。
この時の脳活動が以下の図です。
図を見ていただけると、いわゆるdlPFCの領域が、Look-NegativeよりもDecreaseでより赤く光っているのがわかります。
この領域は先ほどご紹介した、自己コントロールに必須の領域です。
自己抑制によって、リスクの高い非合理的な意思決定をしないようにしています。
なお、彼らの研究チームは、この課題を応用してダイエットにも感情コントロールが効果的かを調べています(Morawetz et al., 2020)。
Decreaseの感情コントロールをした場合に、より健康的な食事を選ぶ傾向が出ており、感情コントロールによって報酬系の活動が下がっていることも明らかにされています。
感情コントロールが、食べ物への評価を低めているのです。
自己コントロールの研究はこうしてダイエットなどにも応用されています。
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③自己コントロールが低下する時の脳内メカニズム
最後に、注意しなければならいことをお伝えします。
つまり、自己コントロール力が低下する場合があるのです。
これまでの研究から、自己コントロール力が低下すると非合理的な意思決定をしていしまったり、感情抑制ができなかったり、ダイエットなどもできなくなる可能性が示唆されています。
前回の記事「意思決定と自己コントロール:最善の決断と判断のための心理学」でもご紹介した自己枯渇感(Ego-Depletion)がその状態です。
ではどんなときにそれが起こるのでしょうか?
それを示したのが、Blain et al. (2016)です。
彼らは、一日がかりの研究を行い、難しい課題をずっと続けた群と易しい課題をずっと続けた群とに分けて経済的意思決定課題をさせました。
身体的疲労ではなく、精神的疲労によって自分の心が空っぽになるような状況を作ったのです。
すると結果は以下のようになりました。
この図の右側のグラフをご覧ください。
縦軸が、今もらう少額の報酬に飛びついた割合です。
つまり、近視眼的な選択をしやすい度合い。
横軸が、テスト時間です。
赤が難しい課題をずっとしていた群。
青が易しい課題をずっとしていた群です。
すると、テスト時間が遅くなるにつれて、難しい課題をずっとしていた群の方が近視眼的になっていることがわかります。
これまでの研究と整合的ですね。
そして、脳活動が以下の図です。
この図の黄色く光っている部分が自己コントロールに関する領域です。
図Bの右側のグラフが脳活動の大きさを示しています。
すると、テスト時間が遅くなるにつれて、難しい課題をずっとしていた群の方が易しい課題をずっとしていた群に比べて脳活動が下がっていることがわかります。
つまり、自己コントロールに必要な前頭前野の活動が下がって、非合理的な意思決定に結びついたのです。
精神的疲労は自己枯渇感を感じる一つの方法ですが、重要なのは、自己枯渇感を感じた時にゆっくり休むことだと思います。
その他にも、自己枯渇感を感じる条件はあります。
それは前回記事「意思決定と自己コントロール:最善の決断と判断のための心理学」に詳しく説明していますので、合わせて読んでいただけると幸いです。
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④まとめ
以上より、自己コントロールと合理的な意思決定について見てきました。
まとめると以下のようになります。
- 自己コントロールによって前頭前野が活動する。
- 自己コントロールによる前頭前野の活動は、報酬の評価を下げる働きがある。
- 自己コントロールによる前頭前野の活動は合理的な経済的意思決定にも必須。
- 自己コントロールの一種である感情コントロールも合理的な経済的意思決定には不可欠。
- 精神的な疲労である自己枯渇感は、非合理的な意思決定をしやすくなり、前頭前野の活動を下げる。
脳内メカニズムとしては以下のようになります。
「前頭前野の活動→(抑制)→報酬の評価」
自己コントロールはダイエットなど様々な場面で応用できます。
また、自己コントロールを高めるとより合理的な意思決定もできる可能性もあります。
一度自分の抑制力や感情コントロールについて見つめ直していただけるといいかもしれません。
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参考文献
Blain et al. (2016). Neural mechanisms underlying the impact of daylong cognitive work on economic decisions. PNAS, 113(25), 6967-6972.
Figner et al. (2010). Lateral prefrontal cortex and self-control in intertemporal choice. Nature Neuroscience.
Hare et al. (2009). Self-Control in Decision-Making Involves Modulation of the vmPFC Valuation System. Science, 324, 646-648.
Morawetz et al. (2019). The effect of emotion regulation on risk-taking and decision-related activity in prefrontal cortex. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 1109-1118.
Morawetz et al. (2020). Emotion Regulation Modulates Dietary Decision-Making via Activity in the Prefrontal-Striatal Valuation System. Cerebral Cortex, 00, 1-19.
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