歴史は僕らに身近な学問である。
学校では、世界史や日本史は必ず習うし、現代社会の問題も歴史が必ず関係している。
でも、学校で習うかぎり、「歴史は暗記物」という印象が強く、歴史をどう考えたらいいのかわからない。
友達に歴史に詳しいやつはいるけれども、こいつも暗記の領域を出ない奴だ。
そんな歴史観に関する疑問に答える書籍を本記事では紹介します。
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①歴史のイメージ
こんな疑問をよく抱くと思います。歴史って何なのか?意味が分かりませんね。
そんな時、学校の先生は次のように答えます。
でも、これらの答えには一貫性がないような気がする。
というのも、AとBでは、絶対に変化しないという歴史を前提に置いていいる。そうでないと、歴史が繰り返されることはないから。
でも、Cでは、絶対に正しい不変な歴史とはないという考えのように思える。
前者の歴史観と後者の歴史観は相反しているように見える。絶対どっち派か決めないといけないのだろうか?
このような議論に一石と投じる書籍を次章からご紹介します。
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②E.H.カー『歴史とは何か』岩波書店
・歴史的な事実とは何か
「歴史というのは必然的に選択的なものである」とカーは述べている。
具体的には、歴史的事実は、歴史家がある事件を引き合いに出して、確証しようとする主張なり解釈なりを、他の歴史家たちが正当かつ有意義なものとみとめることによって、決まるものだという。
そのため、歴史的事実は解釈の問題に依存する。
歴史的事実や歴史に関する文章、それ自体が自分で歴史を作るのではない。
・歴史家の心の内における過去の再構成が歴史なのである。この再構成自体は経験的過程ではないし、事実の単なる列挙で済むものでもない。
再構成の過程が事実の選択と解釈とを決定する。
☆歴史とは、歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話である。
・歴史家の関心・心構え
歴史家が本当に関心を持つものは、特殊的な事例ではなく、特殊的なもののうちにある一般的なもの
・歴史の一般化とは
ある一組の事件から得た教訓を他の一組の事件に適用しようとするのが一般化ということの本当の論点。
・歴史の役割
歴史の機能は、過去と現在との相互関係を通して両者をさらに深く理解させようとする点にある。
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③ディルタイ 『世界観の研究』岩波書店
・生と世界観
「世界観の究極の根底は生である。」とディルタイは述べます。では、この「生」とは何でしょうか?
生の例・・・友人は彼にとって彼自身の生活を高める力であり、家族の一員はいずれも彼の生活の内に一定の場所を占め、そうして彼を囲むものはすべてそのゆえに客観化された生もしくは精神として理解される。扉の前の腰掛、日陰をなせる樹々、家および庭園はかかる客観化として自らの本質と意義をもつ。かくのごとく各個人の生は自己の内から自己特有の世界を作りあげるのである。
つまり、生とは我々の日常生活を構成する様々な断片という感じでしょうか。
ある種の生活パターンとでも言ってもいいかもしれません。
生は、無数の形をとり我々の知識の内に現在するのであるが、しかも同一の共通的特徴を示している。
生から生活経験が生まれる。生活経験の諸々の根本的な特徴はあらゆる人に共通する。個々の経験が規則正しく繰り返されて経験の表現が共同生活や代々の生活間に継承されるようになる。そしてその表現は確実さをまとうようになる。
このように、個人の生を捨象し、それを複数人の個人から抽象すると大体同じような生のパターンが生まれます。
そのパターンが共同生活になり、歴史になるのです。
世界観の形成法則・世界観の構造とは何か?
⦿生活気分、世界に対する態度の無数の色合いが諸々の世界観の形成に対する底層をなしている。つまり、ある世界に対する感情や印象といったものかもしれません。
⦿生活過程における現実把握が諸々の状態や対象を快不快、敵意不敵意、同意不同意を以って評価する場合の基礎となり、さらにこの生の評価が諸々の意思決定の底層をなしている、という心的法則性によって一つの同一の構造を規定する。
⦿この認識の把握状態から世界像は形成される。世界像は世界観の基礎。
⇒世界観の形成過程が歴史と考えられる。
と、かなり抽象的で難しいですが、要は、我々が送る日常生活の骨子みたいなものが生であり、その生のパターンが生まれる。このパターンを全人類などに拡大したものが歴史となる。という感じですかね。
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④マルクス, エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』岩波書店
※正直、歴史という観点からすると異質の考え方です。
※歴史哲学者の中にはマルクスらの歴史観を考察しないという方も多い。
※マルクスの主張は別のところにあるが、今回はテーマの都合ゆえ歴史観のみ
・マルクスの問題提起
①歴史や哲学の叙述において、今までは人間を現実的に考察していない。
②空疎な言葉を使って空論ばかり主張している。
③だから、生きた個人として出発し、意識をただ彼らの意識としてのみ考察するべし。「意識が生活を規定するのではなく、生活が意識を規定する。」
第一の歴史的行為は、食うことや住むことなどの欲望を満たすための産出、すなわち物質的生活そのものの生産である。
歴史的理解に際しての第一の点は、この根本事実をその全意義とその全範囲とにわたって観察し、それに当然の地位を認めること。
(歴史理解に際しての)第二の点は、満足された最初の欲望そのもの、満足させる行動、および満足のためのすでに手に入れた道具が新しい欲望へ導くということであり、そして欲望のこの産出こそ第一の歴史的行為なのである。
<マルクスのまとめ>
マルクスの歴史観は比較的分かりやすいですね。ざっくりまとめると以下の二点です。
- 生きた人間から考察を行う。
- 欲望にもとづく生産過程を基準に歴史を考察
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⑤まとめ
- 歴史の事実を見て一般化し、未来の行動に役立てることができる。歴史から教訓を得られる(E.H.カー)。
- ただし人間も歴史の中の一部である限り神のように第三者的に歴史を見ることができない。それゆえ、歴史は現在(の解釈)を通して不断に考察・改定されていくものであることを頭にいれておくとよい。
※上記の主張には批判もあります。詳しくは参考文献で。
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その他参考文献と書籍紹介
榎本 庸男 (2016) 「歴史から学ぶ」ということ : ヘーゲルの歴史哲学を中心として. 人文論究 66(1), 37-50.
※「歴史から学ぶ」とか「歴史から教訓を得る」とは具体的にどういうことなのか?著者は、「歴史から何を学ぶのか?」「歴史から教訓を得るとはどのようにするのか、あるいは、どういうことなのか?」という問題提起を行い、ヘーゲルの哲学から問いの答えを探っている。
ヘルベルト・シュネーデルバッハ(1994)『ヘーゲル以後の歴史哲学―歴史主義と歴史的理性批判』法政大学出版局
※著者は歴史哲学の講義資料を基にしたと言っているが、内容は結構専門的。何らかの主張をする形式の書籍ではなく、ヘーゲルの歴史哲学以降の歴史哲学の提唱者と理論を精密に紹介している。表面的な紹介ではなく著者の分析が多く盛り込まれていて内容としては難しいが読んでいて飽きない。
宮坂 和男 (2008) 日本の歴史哲学の現況. 人間環境学研究 6, 169-185.
※日本で出版されている歴史哲学関連の主要書籍の解説。とても読みやすく、歴史哲学の流れを把握できる。
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