- 目次
- ①アトキンソン氏の指摘を受けて
- ②外国人観光客は何を見て観光地を決めているのか?
- ③SNSを活用したマーケティングが観光に及ぼすプラスの効果
- ④SNSインフルエンサー観光アンバサダー制の提案
- ⑤終わりに
- 参考文献
①アトキンソン氏の指摘を受けて
日本の観光業には大きな潜在力がある。
日本政府観光局によると、コロナ前の2019年には3188万人もの人が日本を訪れた。
この数字は世界第12位であり、アジアでは第4位である。
それほど上位でありながらも日本の観光資源をまだ十分に生かしきれていないと主張するのが、デービッド・アトキンソンである。
アトキンソン(2015)は、その国の観光産業が上手く行く条件として、「気候」「自然」「文化」「食事」の四つを挙げている。
日本はこれら四つの条件の全てが揃っている稀有な国だとアトキンソン氏は主張する。
というのも、アトキンソン(2015)は、日本の国際観光収入ランキングが、好条件が揃う割には低いと捉えているからである。
では、そのような好条件が揃う日本で観光収入が低いのは何が原因なのだろうか。
あるいは、どのような理由でアトキンソン氏は日本の観光収入がもっと高い値になるはずだと評価するのであろうか。
いくつもの原因はあるが、一つ目は日本人が思う日本の観光の魅力と日本を訪れる外国人が思う日本の観光の魅力との差である。
そもそも『日本に行くかどうか』『日本の何を評価するのか』というのは、日本人ではなく外国の人間、つまり外国人に決定権があります。日本の治安、マナーがよいというのは昔から言われていました。しかし、その評価がクチコミによって十分に広がる時間があったにもかかわらず、外国人観光客がそれほど訪れていないという結果を考えれば、これらは外国人が日本を訪れるうえで決定的な動機にはなっていないということを認めざるをえません
と述べており、日本人が誇りに思う行儀良さという魅力が外国人観光客にとっては魅力と映っていないことを批判している。
観光を供給する側の日本人と需要する側の外国人とのギャップを埋めない限り、日本の観光施策は独りよがりになる。
どれだけ資源や財源を投入しても外国人観光客の増加と観光収入が伸びる有効打にはならない。
二つ目の原因は、優れた観光資源の魅力を十分に届けるべき人に届けられていないというマーケティングの問題である。
アトキンソン(2017)は、日本を訪れる外国人観光客が主に中国や韓国などアジア圏であることを突き止める。
そして、これらの近隣の諸国からの観光客は短期滞在者が多く、かつあまり観光にお金を使わない客が多いと結論付けている。
それゆえ、アトキンソン(2017)は、長期滞在をし、日本に何度も訪れるリピーターになり、かつお金を多く観光に使う25~30歳代後半までの欧州人を日本の観光マーケティングの対象にするべきだと主張している。
しかし、日本は
これまでの日本の観光戦略は近隣諸国市場を優先していました。そのため、アジアへの情報発信に投資し、力を注いできました。欧州とアメリカに関しては、どちらかと言えば、『親日家』やもともと日本にやって来たかったという『ファン』を対象にしてきました。つまり、どちらかと言えば、『日本にそれほど関心が高くない外国人』への情報発信ではありませんでした
とアトキンソン(2017)は現状を述べており、日本の観光マーケティングが上手く行っているとは現状言えない。
このような状況で必要なのは、
外国人観光客へ向けて日本のPRを行うホームページ、SNS、パンフレット、さらには交通機関やレストランの外国語案内、そして文化財などの観光スポットの解説やガイドを、外国人目線で整備すること
である(アトキンソン, 2017)。現在では一部実現されているものはあるが、まだ上手く行えていない施策としてSNSの活用に本論では焦点を当てる。
以上より、日本の観光産業の新興には、外国人観光客のニーズを知ることと欧州人に有効な宣伝やマーケティングをすることの二つを行わないといけない。
本論では、この二つを同時に行えるSNSを活用した宣伝やマーケティングの仕方について提案する。
スポンサーリンク
②外国人観光客は何を見て観光地を決めているのか?
SNSの日本国内のユーザーは約80%であり、年齢層として20代から30代までの人が多い傾向にある。
また、世界のSNS利用率は50%ほどと言われており、年齢層は不明だが、日本と大体同じような年齢別利用傾向を示すと予想される。
総務省平成30年度情報通信白書によると、「訪日外国人が出発前に得た旅行情報源で役に立ったもの」として、口コミサイト・SNS・個人ブログを合わせて75%以上もの人が参考にしていることが示されている。
これらの媒体をまとめてSNSとすると、旅行地を決める情報源としてSNSやネットサイトは今やメインになりつつある。
このように、SNSは観光地をアピールする媒体として無視できないのである。
しかし、日本の観光地の公式SNSアカウントが現時点で有効に機能しているとは言えない。
実際に、Isada & Isada(2014)が白馬で行ったケーススタディでは、SNSの使用頻度が宿泊施設への長期滞在と観光地への移住モチベーションを上げることが示されている。
20代後半から30代までの人々の利用者数が多いSNSの状況とIsada & Isada(2014)の研究を考慮すると、SNSを活用したマーケティングは前章で挙げた対象者に訴求しやすく、観光収入を増やすのに最適だと思われる。
スポンサーリンク
③SNSを活用したマーケティングが観光に及ぼすプラスの効果
近年、SNSが観光地選定や観光客の行動意図に与える影響が解明されつつある。その中でも、以下の3点についてSNSは観光振興に大きく貢献する。
一つ目は、観光地の担当者がSNSを有効に活用することで観光都市の魅力度向上につながることである(Jung & Shin, 2020)。
Jung & Shin(2020)は、SNSユーザーを対象に調査を行い、
(1)使いやすさ(観光情報がSNSでアクセスできるか)、
(2)相互性(SNSユーザー同士で情報を交換したりコミュニケーションしたりして関係を構築する頻度)、
(3)信頼性(SNSで提供される観光情報の専門性や信頼性)、
(4)拡散性(SNSを通して第三者にも観光情報が共有されたりコミュニケーションされたりする度合い)
の四つが観光地のイメージや印象などの魅力と、観光地へ訪れたり、観光地を勧めたり、肯定的に他人に話したりする行動等と関連するかを調べている。
すると、観光地への魅力は、相互性・信頼性・拡散性の三つの要因と正の関係性があり、また、四つの全ての要因と行動意図とに正の関係性があることが示されている。
つまり、SNSに信頼性の高い観光情報を流し、その情報がSNSユーザーによって共有・拡散されれば、観光地の魅力度は上がり、SNSユーザー等がその観光地を訪れる行動にもつながる。
二つ目は、若者世代が観光地を決める際にSNSは大きな役割を果たすことである。
Kasim et al. (2019)は、17~25歳までのミレニアム世代と呼ばれる若者を対象に、
「私は休暇で過ごす土地の情報をソーシャルメディアを通して得ている」
「ソーシャルメディアの投稿は私が休暇で過ごす土地の選択に影響を与える」
「私が信じているのは、ソーシャルメディアの投稿が観光地のリアルな情報を記述していることだ」
などの項目とSNSの利用度との関係性を調べた。
すると、かなり高い相関係数でSNSの利用度が、目的地の選択などの若者世代の観光行動を促すことが示された。
つまり、SNSは若者の観光地の選定に大きく寄与するのである。
三つ目は、インフルエンサーの存在により、従来のネットやリアルでの広告よりも容易に観光情報を拡散することができることである。
ネットであれ、リアルであれ、広告費は高額であるにもかかわらず、観光情報の拡散度や観光行動に繋がるかには不明な点が多い。
また、広告による効果が十分に得られる場合も、広まるには半年や数年単位の時間を要する。
SNSでもアカウントでフォロワーやファン層を増やすには少なくとも半年や一年以上もの継続的な運営が必要になる。
しかし、SNSの場合、いわゆる何万単位の人に反応される「バズる」という現象がしばしば見られ、フォロワー数の多いインフルエンサーと呼ばれるアカウントに投稿が拡散されれば、観光情報が一日にして何万人以上もの人に拡散することはある。
インフルエンサーは一つの投稿をすれば一気に何万という人にアプローチすることが可能である。
その多数の反応が観光地への肯定的なイメージや観光地の選択につながることも、これまで記述してきたことから十分にありえる。
実際に、インフルエンサーを活用した企業のマーケティング活動は複数存在する。
また、松井(2021)は、SNSによる大多数の人々が反応している投稿はそうでない投稿よりも観光情報への「いいね」行動やその情報を他者に共有する行動をより多く引き起こし、その観光地へ旅行する行動意図にまでつながることを示している。
以上より、SNSは観光地の情報の拡散、観光地情報の魅力度向上、観光地への誘致やモチベーションの上昇にまでつなげられる。
また、インフルエンサーやSNSの特性より、SNSによる宣伝行動は加速され、広告を打つよりも短期間でより大きな効果が得られる可能性が高い。
しかも、SNSは若者世代から30歳代までの人にアプローチしやすい媒体でもある。
スポンサーリンク
④SNSインフルエンサー観光アンバサダー制の提案
本提案の流れは上図に示した通りである。
大まかな流れは、各観光地がSNS公式アカウントを開設し一定期間観光地の魅力を発信する投稿を行う。
その後、外国人SNSインフルエンサーを複数人日本の観光地に招待し、外国人目線でその観光地の長所と短所を忌憚なく意見を述べてもらう。
同時に、インフルエンサーはその観光地の長所をメインにしてSNSに投稿してもらい、観光地の公式SNSアカウントと共同して宣伝活動を行う。
その後、インフルエンサーの協力により影響力と発信力がついた公式SNSアカウントを独自に継続的して運営することで、観光地の魅力を効果的に発信・拡散する。
図の各段階を詳述すると、まずは、各観光地で公式のSNSアカウントを開設する段階がある。
アカウントを開設後、1~3か月ほどは観光地情報やイベント情報などを継続的にSNSに投稿する。
この期間は、公式SNSアカウントが存在することを世間に知らせるだけでよい。
また、その観光地に興味を持つ人にフォローしてもらい、投稿を重ねることによって公式SNSアカウントとしての信頼性を獲得していく。
この作業は、次に紹介するインフルエンサー観光アンバサダーによる拡散をより大きくするためにも重要な工程である。
というのも、SNSユーザーはそのアカウントをフォローしたり、そのアカウントの投稿を頻繁に見たり拡散したりするには、そのアカウントの普段の投稿と投稿内容を吟味するからである。
インフルエンサー観光アンバサダーによって投稿などが拡散しても、全く投稿もしないアカウントをSNSユーザーは信用されない。
SNS公式アカウントとして認知され信頼された後に、次に海外で有名なSNSインフルエンサーを観光地に招待する段階に移る。
ここでインフルエンサーとしての最低限の資格は、一つのSNSアカウントのフォロワー数が10万人以上であり、かつ日本に興味を持つ人である。
10万人のフォロワー数はインフルエンサーの一つの基準として多くのユーザーに認知されており、マーケティングとして一定の影響力を発揮する最低限のフォロワー数でもある。
また、日本に興味のない人に日本の観光地に招待しても有意味な意見やアイデアを得られるとは思えない。
この段階では、実際にインフルエンサーが各観光地を観光アンバサダーとしてプライベートで訪問するかのように体験することである。
この時に観光地の担当者は、インフルエンサーが感じた長所と短所の両方の意見を忌憚なく言わせて真摯に意見を聞くことである。
その意見はどんな些細なことでもよく、日本人とは異なる感覚を持つ外国人にしか認識できない観光地の長所と短所を挙げてもらう。
インフルエンサーには、最低一日一回、体験した観光地についての投稿をSNSにしてもらう。
観光地の長所をメインにしてSNSに発信してもらい、たまに短所をも投稿してもらう。
この投稿には、先ほど作成した各観光地の公式SNSアカウントに言及してもらい、「@」や「リツイート」などの方法で紐づけるようにする。
インフルエンサーの影響力と拡散力により、公式SNSアカウントの認知も広げてもらい、フォロワー数を獲得する。また、インフルエンサーが挙げた短所は各観光地の課題として有意義な情報になる。
インフルエンサーに観光地を体験してもらった後、最後に、公式SNSアカウントを各観光地が独自に継続して運営していく段階に入る。
インフルエンサーによって増えたフォロワー数は影響力や拡散力になる。
さらに、認知度はインフルエンサーの貢献によってある程度獲得できるので、全く初めての状態では半年から一年くらいかかる作業が比較的短時間で終わる。
一定のフォロワー数がある場合、「いいね」や「リツイート」などの反応は得やすく、拡散されやすくなる。
そのため、継続的な投稿にも身が入り、PRとして大きな媒体となる。
なお、今回のインフルエンサーであまり効果が得られない場合は、また別のSNSインフルエンサーを招待して同様のことを繰り返す。
例えば、「○○(観光地)×△△さん(インフルエンサー)のコラボ企画」のような形でイベントを開くこともでき、二回目、三回目と行うたびにそのインフルエンサーのフォロワーが公式SNSアカウントをフォローするという好循環も生じる。
この好循環のサイクルができれば、各観光地が独自で公式SNSアカウントを運営しても十分観光地の魅力は伝わり、観光地の投稿を見た人にその観光地に訪れるモチベーションも引き起こすことができる。
重要なのは、従来の広告費と比べて費用対効果が高く、かつ効果が比較的短期間で実感できることである。
SNSアカウントの開設と運営は無料で行うことができ、インフルエンサーを数人招待して観光地を体験するのも、どの国かにもよるが一人100万円程度で実現できる。
特に欧州人のSNSインフルエンサーを招待すれば、本論で対象にした25~30歳代後半の欧州人に日本の観光地をアピールすることができる。
また、その観光地のアピールは同時にその地域の活性化にもつながる。
スポンサーリンク
⑤終わりに
観光業の振興は地域振興である。
各観光地を起点にその観光地が所在する地域に人を呼び寄せることができる。
人が来れば、その地域にお金を落とす人も増えるため、地域経済の活性化が見込める。
また、SNSインフルエンサーでも一人の外国人観光客であり、顧客の意見を聞くことで日本人にはわからない感覚や視点を得られる。
本論で提唱するSNSインフルエンサー観光アンバサダー制度は、観光地の支援だけにはとどまらない。
本制度を利用することで、観光地側は長所をより伸ばし、短所を知って克服することでよりよい観光サービスを提供することができる。
その観光地はますます魅力的になり、SNSでそのことを発信すれば、訪れる人も自然と増える。
観光業を考えることは、地域振興と復興支援にも結び付く。
ただし、どんな施策も一朝一夕で目に見えて効果が表れることはない。
SNSインフルエンサー観光アンバサダー制度は、観光業を盛り上げるほんの一つのきっかけにすぎない。
何よりも大切なのは、観光地を心から好きな人がその観光地の魅力をSNSに投稿し続ける「継続性」だと思う。
「継続は力なり」であるが、その継続をより楽に効率良く行うのが、今日必要なことではないだろうか。
他の観光地や地域でも「やってみようかな」と思われるのであれば、それだけで成功であるとも言える。
スポンサーリンク
参考文献
アトキンソン, デービッド. (2015)『デービッド・アトキンソン 新・観光立国論 イギリス人アナリストが提言する21世紀の「所得倍増計画」』東洋経済新報社.
アトキンソン, デービッド. (2017)『新観光立国論【実践編】世界一訪れたい日本のつくりかた』東洋経済新報社.
総務省平成30年度情報通信白書
日本政府観光局(https://statistics.jnto.go.jp/graph/#graph--inbound--travelers--transition)
松井 彩子. (2021). SNSにおける大多数の他者の影響力の実証―「いいね」や「閲覧」数はユーザー行動に影響を及ぼすのか?―. マーケティングレビュー, 2(1), 30-37.
Isada F. & Isada Y. (2014). An Empirical Study of the International – Tourism Management by a Model of Consumer Behavior. International Journal of Business and Management 2(3), 40-54.
Jung J & Shin J. (2020). THE INFLUENCE OF SNS TOURISM INFORMATION ON CITY ATTRACTNESS AND BEHAVIOR INTENTION. ICIC Express Letters, 14(2), 203-210.
Kasim H., Abdurachman E., Furinto A., and Kosasih W. (2019). Social network for the choice of tourism destination: attitude and behavior intention. Management Science Letters, 9, 2415-2420.
スポンサーリンク