政治/politics 本・解説/Book・Review

政治とは結局何なのか?知られざる巨匠が説く政治の要点

  • 政治って結局何なのか?
  • 何をすることが政治なのか?

今の日本の政治家を見ていると、このような疑問を抱きたくなる。

国会での議論は汚職事件ばかり。

内容の無い答弁。

与党の政策に賛成というわけではないけど他よりもまし。

野党には対立政策がなく弱い。

政治が単なる烏合の衆に感じる。

このように、現代日本の政治にやきもきされている方は多いはずです。

そんな中、そんな政治は、政治ではないときっぱり言い切った書籍があります。

それが、カール・シュミットの『政治的なものの概念』です。

この小著は、100ページちょっとしかありませんが、現在のシャンタル・ムフらの闘技民主主義にも通じる原理的な書籍です(シャンタル・ムフ『政治的なものについて』)。

政治の要点を「友と敵」関係だとすっきり要約しています。

では、この「友と敵」とは何でしょうか?

この関係が現代政治とどのように結びつくのでしょうか?


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①国家は政治的なものを前提としている

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国家という概念は、政治的なものという概念を前提としている。国家は、こんにち的用語法によれば、あるまとまった地域内に組織された国民の政治的状態である。

いきなり引用で恐縮ですが、シュミットは、国家・国というのは、政治的なものだというのです。

国境なんかで区切られたある地域内の国民が形成する政治的状態です。

では、政治的なものあるいは政治的状態とは何でしょうか?

それは、「友・敵」関係で繰り広げられる闘争なのです。

ちなみに、敵とは、「他者・異質者にほかならず、その本質は、特に強い意味で、存在的に、他者・異質者」です。

つまり、自分たち(友)とは根本的に相いれない者たちが「敵」なのです。

諸国民は、友・敵の対立にしたがって結束するのであり、この対立は、こんにちなお、現実に存在するし、また政治的に存在するすべての国民にとって現実可能性として与えられている

我々国民は、自分と同意見の「友」まったく相いれない意見を持つ「敵」とに従って集まり、現実的に対立するその抗争の真っただ中にいるのです。

そして単に「あいつと意見が合わないから」という私見で「敵」になるのではなく、政党や対立グループのように公的に「友」と「敵」は対立しているのです。

敵とはただ少なくとも、ときとして、すなわち現実的可能性として、抗争している人間の総体―他の同類の総体と対立している―なのである。敵には、公的な敵しかいない。なぜなら、このような人間の総体に、とくに全国民に関係するものはすべて、公的になるからである。敵とは公敵であって、ひろい意味における私仇ではない

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②すべての政治的なものが関わるところに「友・敵」関係がある

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すべての政治的な概念、表象、用語は、抗争的な意味をもつこと、それらは、具体的な対立関係をとらえており、結局は、・・・友・敵結束であるような具体的状況と結びついていて、この状況が消滅するときには、すべて無内容な、幽霊じみた抽象と化するものである。国家・共和制・社会・階級さらには主権・法治国家・絶対王政・独裁・構想・中立国・全体主義国家等々の語は、それが具体的に、なにをさし、なにと戦い、なにを否定し、なにを反駁しようとするのか、を知らなくては、理解しがたいのである。

どのような政治的概念や用語にも、「友・敵」関係が必ず含まれているということです。

そして、今日では、「政治的という」と「党派政略的」と同様の意味になります。

つまり、与党と野党との対立がそのまま「友・敵」関係に当てはまるのです。

政治はこのように、相異なる意見の闘争として表現することができます。

敵という概念には、闘争が現実に偶発する可能性が含まれている。

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③では中立とはどういうことなのか?

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例えば、第三者がよくとるような中立的立場をシュミットはどのように考えているのでしょうか?

シュミットは、中立的立場は「友・敵」関係があってようやく成立する概念だとはっきりいいます。

中立という概念は、政治的な概念がすべてそうであるように、これまた友・敵結束の現実的可能性という究極的な前提のもとに成り立つものであって、かりに地球上が中立ばかりになっているとすれば、そのときはしたがって、戦争ばかりか中立そのものもまた存在しなくなっていることであろう。

簡単に言い換えると、「友・敵」関係により出てくる概念が中立で、中立それ自体が成立することはないのです。

さらに、中立のみが成立することは政治的なものが消滅する世界だということです。

でも、「そのような世界はありえないよね」というのがシュミットの考えです。

それゆえ、人間の歴史は、「友・敵」関係の闘争の連続だというのです。

人間の歴史や発展の数かぎりない変化・変革のひとつひとつが、政治的結束の新しい形態、新しい次元を作りだし、既存の政治組織を破壊し、対外戦争・内乱を誘発し、組織化された政治的単位の数を増やしたり減じたりしてきたのである。

また、「友・敵」関係は解消しうるものではないのです。

友・敵区別がなくなれば、政治的生活がそもそもなくなるのである。政治的なものとして存在する国民にとって、この宿命的な区別を、誓約的宣言によって免かれる自由などありはしない。国民の一部分が、いかなる敵ももはや認めないと宣言することは、事態によっては、敵に加担し、敵を助けるということなのであって、この宣言によってもしかし、友・敵区別が解消するわけではない。

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④国家は多元的にならざるをえない

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政治的なものという概念徴標からは、諸国家世界の多元論が生まれる。政治的単位は、敵の現実可能性を前提とし、と同時に、共存する他の政治的単位を前提とする。したがって、およそ国家が存在するかぎりは、つねに、複数の諸国家が地上に存在するのであって、全地球・全人類を包括する世界「国家」などありえない。

国同士でも「友・敵」関係が成り立つので、全地球統一的仲良しこよし国家は絶対にありえないとシュミットは述べています。

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以上から、シュミットの『政治的なものの概念』を見てきました。

結局、お互い相いれない「友」と「敵」の闘争こそが政治の本質です。

そして、それゆえに多元的な意見や国家が存在しうる可能性があるのです。

今の政治は、まさに、「友」ばかりで、「敵」がいない状態

あるいは、「友」と「中立」ばかりの立場が乱立している状態です。

シュミットによれば、「敵」がいなければ政治とはいえず、発展も変革もありません。

意見のぶつけ合いこそが、政治の本質の一つではないかと思います。

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