・いつも個人プレーに走ってしまいます。
・どうやったら呼吸を合わせてチームプレーができますか?
人間は社会で生きている限り、他人と協力しないといけません。
しかし、他人と協力することは結構難しいです。
相手の出方を考えて、相手に合わせないといけないからです。
最近の心理学や脳科学では、他人との協力プレーに関する研究が出始めています。
そのため、他人と協力するメカニズムが解明されつつあります。
他人とのコミュニケーションが苦手で、相手の意図や考えを把握するのに困難な方がいます。
それが発達障害である、自閉症スペクトラム障害者(ASD)の方々です。
いわゆる、ASDの方は、協力プレーが苦手で、個人プレーに走ると現場では言われています。
今回は、そんな協力プレーが苦手と言われている自閉症スペクトラム障害者の方の研究から、協力プレーに必要なことは何かを見ていきます。
また、本当にASDの方は協力プレーが苦手なのでしょうか?
そんな最新研究をご紹介します。
本記事では以下のことが学べます。
2. 協力プレーに不可欠な脳内メカニズム
3. 協力プレーの代表である他者との会話で必要な能力について
- 目次
- ①自閉症スペクトラム障害者(ASD)は本当に他人と協力するのが苦手なのか?
- ②自閉症スペクトラム障害者(ASD)の協力に関する脳科学:協力するには何が必要なのか?どのような脳内メカニズムが働くのか?
- ③他人との協力が必須の会話場面ではどうか?
- ④まとめ
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①自閉症スペクトラム障害者(ASD)は本当に他人と協力するのが苦手なのか?
よく学校現場や医療現場では、ASDの方は他人と協力するのが苦手だと言われています。
この意見は、現場の観察レベルなのでしょうか?
それを実験的に示したのが、Izuma et al. (2011)です。
彼らは、行動経済学的な課題を行い、健常者とASDとで他人が見ているところで寄付に同意するかどうかを調べました。
すると以下のような結果になりました。
縦軸は、寄付に同意した割合。
青が健常者で、赤が自閉症スペクトラム障害者(ASD)です。
濃いグラフが他人が見ている時で、薄いグラフが他人が見ていない時です。
まず、健常者を見てみると、他人が見ている時とそうでない時で寄付に同意する数が増えます。
他人が見ている濃い青の方が、他人が見ていない薄い青よりも高くなっています。
つまり、他人が見ている方が他者に寄付するようになります。
では、ASDではどうか?
重要なのは、寄付に同意する数が、健常者よりも低いことが確かめられます。
また、他人が見ていようといまいと、寄付行動に変化はありません。
この研究のように、間接的ですが、自閉症スペクトラム障害者(ASD)は、他人への協力要請という寄付行動をあまりしないと言われています。
しかし、この研究はかなり間接的です。
実際に直接協力プレーをした研究はないのかというと、あります!
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自閉症スペクトラム障害者(ASD)は意外と他人と協力することができる。
ASDが他人と協力する囚人のジレンマ課題を行った研究があります(Li et al., 2014)。
囚人のジレンマ課題とは、簡単に言うと、二人とも協力すれば両者が最も得をする選択肢がある中で、他者を裏切れば比較的大きな報酬がもらえたり、逆に裏切られたら報酬がマイナスになったりする課題です。
つまり、パートナーとの協力が必要となる課題です。
もし、自閉症スペクトラム障害者が、協力プレーをしないのなら、他人を裏切る行動が多くなるはずです。
実験結果は以下のようになりました。
図の上半分が自閉症スペクトラム障害者(HFA)がどれくらい協力したかを示します。
下半分は、健常者(TD)がどれくらい協力したかを示します。
研究対象は子供です。
それぞれ三つの条件があります。
Playing with …の部分ですが、この条件の違いは無視しても結構です。
グラフのMeanが協力した割合を示しています。
すると、どの条件でも、大体同じくらいの数値が示されています。
パートナーがnice child(良い子供)の時に少しだけ協力数がありますが、それ以外は大体同じくらいの数値です。
重要なのが、健常者でもASDでも協力行動に統計的な違いが見られなかったことです。
つまり、自閉症スペクトラム障害者も健常者と同様に協力プレーをすることはできるのです。
意外に思われるかもしれませんが、同様の協力行動を探る複数の研究で自閉症スペクトラム障害者が健常者と同じように協力することが報告されています。
例えば、Kruppa et al. (2020)は以下のような課題を行いました。
この図は、協力と競争を行わせるゲーム課題です。
上が協力できた場合で、下が協力できなかった場合です(単独個人プレー)。
呼吸やタイミングを合わせて協力できた場合、上にあるボールを二匹のイルカがゲットします。
他方、タイミングがずれると一匹のみボールをゲットすることになります。
このようにして、協力を促す場合と、競争を促す場合とを比べても、ASDと健常者では点数に違いが見られませんでした。
つまり、協力を促す場合、ASDも協力して点数を得ることができます。
このように、自閉症スペクトラム障害者でも協力プレーは基本的にできます。
では、協力できるのに、臨床現場でそれができないと言われていた理由はなんだったのでしょうか?
その一つは、脳内メカニズムから伺い知ることができます。
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②自閉症スペクトラム障害者(ASD)の協力に関する脳科学:協力するには何が必要なのか?どのような脳内メカニズムが働くのか?
協力に関する脳内メカニズムを探った研究はかなり少ないです。
というのも、自閉症スペクトラム障害者の方でも協力することができてしまうからです。
しかし、脳科学は、協力に関する考え方の違いを浮き彫りにします。
Just et al. (2014)は、ASDと健常者に社会的な協力を必要とする単語(「ハグする」など)を呈示し、その時の脳活動を測定しました。
多くの脳領域が活動しますが、その中でも重要な領域が特定されました。
それが以下の図です。
図Aの領域は、けい前部(precuneus)と言われる領域です。
この領域は、他者の視点に立ったり、自分と他者の違いを理解したりする時に活動する領域です。
図Bの左側が健常者で、右側がASDです。
すると、ちょうど赤丸で囲んだ部分の活動が見られません。
つまり、ASDは協力行動について他者の視点が抜けていると解釈することができます。
他人の視点から物事を考えたり、他人の考えまで思考を及ぼすことなどが苦手です。
彼らの研究を合わせると、他人と協力はできるけれども、他人の思考や立場を考慮していない可能性があります。
実験では、比較的簡単な協力行動を使用しています。
なので、もしかしたら、他者の視点まで思いを馳せるような高度な協力行動は難しいのかもしれません。
ここが、研究と臨床現場との乖離が生じている原因だと思われます。
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③他人との協力が必須の会話場面ではどうか?
最後に、他人と協力しないといけない会話の研究をご紹介します。
会話は結構高度な協力行動です。
Jasmin et al. (2019)は、自然に会話している時と同じ言葉を言う時とを比較して会話時に必要な脳領域の特定を行いました。
中学生くらいの青年期の自閉症スペクトラム障害者(ASD)と健常者を比較しています。
研究の結果、ASDと健常者では、脳の領域間のつながり具合が異なることが示されました。
それが以下の図です。
図の色がついている領域が、健常者とASDとで異なるつながり具合を示した領域です。
詳述は避けますが、右の真ん中の図の濃い黄色の部分が先ほど出たけい前部の領域です。
なお、会話自体にASDと健常者とで差は見られませんでした。
つまり、自閉症スペクトラム障害者は、一見会話は健常者と同様にできますが、会話している時に他者の思考まで考えが及んでいない可能性があります。
研究の解釈として難しいところです。
あくまで、研究結果からの推測の話なので、可能性があるとしか言えません。
なお、他の会話研究では、ASDは、一息ついて沈黙になった後の会話の出だしが苦手だという報告があります(Ochi et al., 2019)。
会話の出だしは、相手の思考を考慮して発言する高度なことです。
この研究は間接的ですが、相手の立場や思考を慮るのが苦手だというこれまでの研究結果と一致します。
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④まとめ
以上より、自閉症スペクトラム障害者と協力プレーの脳科学について見てきました。
まとめると以下のようになります。
- 自閉症スペクトラム障害者(ASD)は、一見単独個人プレーをするように見える。
- しかし、本当はASDも協力プレーが健常者と同じくらいできる。
- 協力行動の脳内メカニズムから、自閉症スペクトラム障害者はけい前部という他者の立場や思考を考慮する領域が機能しにくい可能性がある。
- 他人との協力が必要な会話でも、一見健常者と同じように会話ができるように見える。
- しかし、会話中でも他者の視点や考えまでに考慮が及んでいない可能性がある。
これまでの医療現場等とは異なる結果が研究で示されています。
つまり、自閉症スペクトラム障害者でも健常者と同様に協力プレーはできるのです。
もしかしたら、前述のように、現場のような高度な場面では自閉症スペクトラム障害者は困難を感じるかもしれません。
特に、相手のことを慮ることが苦手ですが、簡単で一見して協力すれば得だという状況には十分ASDも対応できます。
研究が、現場の知見とどう折り合いをつけるのか。
今後の研究しだいでしょう。
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参考文献
Izuma et al. (2011). Insensitivity to social reputation in autism. PNAS, 108(42), 17302-17307.
Jasmin et al. (2019). Overt social interaction and resting state in young adult males with autism: core and contextual neural features. Brain, 142, 808-822.
Just et al. (2014). Identifying Autism from Neural Representations of Social Interactions: Neurocognitive Markers of Autism. PloS ONE, 9(12), e113879.
Kruppa et al. (2020). Brain and motor synchrony in children and adolescents with ASD- a fNIRS hyperscanning study. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 1-14.
Li et al. (2014). The relationship between moral judgment and cooperation in children with high-functioning autism. Scientific Reports, 4: 4314.
Ochi et al. (2019). Quantification of speech and synchrony in the conversation of adults with autism spectrum disorder. PloS ONE, 14(12), e0225377.
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