・凝り固まった狭い思考から抜け出したい。
・社員の柔軟性はどうやって高められるか?
私たちの日常は意志決定の連続です。
お仕事では多くの決断を下しています。
そのため、何かを決める時は、いろんな側面から多面的に柔軟に考えられることが大切です。
しかし、そのような思考や行動の柔軟性はどうやって上げたらいいのでしょうか?
以前の記事では、柔軟な意志決定の際に知っておくと便利なことを脳科学の知見を基に話しました。
今回は、具体的に柔軟性を高める脳科学的な方法について紹介します。
柔軟に考えられるようになれば、経営者は英断ができるようになり、社員の生産性も上がると思われます。
本記事では以下のことが学べます。
2. 柔軟性が高まる脳内メカニズム
3. 柔軟性とポジティブ感情との関係性
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①柔軟性を高めるにはモチベーションを高めることが先決:報酬としてのお金の役割。
柔軟性自体を研究したものはたくさんありますが、柔軟性を高める具体的な方法については最近研究が集まってきた印象です。
その中でも、お金を報酬として与えてモチベーションを高めることが柔軟な思考と行動につながる研究があります。
Etzel et al. (2016)は、以下の課題を使って、報酬による柔軟性の向上と脳のメカニズムについて調べました。
この図は実験参加者にさせた課題です。
最初に十字記号が表示されて、次にどの刺激に注目するかを指示されます(Cue)。
その後、顔刺激と単語が同時に呈示され(Target)、先ほど指示された刺激のみに回答する課題です。
例えば、先に顔刺激を指示された場合、顔が女性か男性かを判断します。
一緒に呈示された単語は無視です。
他方で、先に単語を指示された場合は、単語が2シラブル以上かどうかを判断します。
一緒に呈示された顔刺激は無視です。
そして、顔刺激か単語かの指示は基本的にはランダムに出ます。
なので、二つの条件がここで生じます。
つまり、さっきと同じ課題のままか(task-repeat)、違う課題にシフトするか(task-switch)です。
例えば、一個前の課題で顔刺激が指示され、また顔刺激が指示されたら、さっきと同じ課題のままです。
一方、一個前の課題で顔刺激が指示され、次に単語が指示されたら、さっきとは違う課題にシフトします。
心理学や脳科学では、このシフトする場合に反応速度が遅くなったり課題の正答率が下がったりすることが言われています。
なので、課題の違いを利用して、課題がシフトしてもスマートに切り替えられるかで柔軟性を測っています。
また、課題にはもう一つの条件があり、正答すればお金という報酬が与えられる場合と与えられない場合があります。
このお金が与えられるか与えられないかで、課題をシフトしたときにどれだけスムーズにシフトできるかに違いが表れるのです。
実験結果としては、課題成績の正答率が、お金が与えられる場合の方が高いという結果が出ています。
つまり、報酬によってモチベーションが上がり、それによって課題成績も上がったと思われます。
お金による報酬で柔軟性も高まるのです。
では、その時の脳内メカニズムはどうなのか?
それが以下の図です。
この図は、柔軟に課題をシフトする時に活動する脳領域です。
大切なのが、l-PFCなどの前頭葉やl-PPCなどの頭頂葉の領域です。
そして、報酬が与えられる場合と与えられない場合とでこれらの脳領域の活動性に違いが生じたことが以下の図で示されています。
この図の縦軸が活動量から計算された指標で、上に行くほどその指標が高いことを示します。
横軸は先ほどの脳領域をそれぞれ表しています。
$がお金の報酬がもらえる場合で、-がお金の報酬がない場合です。
すると、l-PFCなどの前頭葉で$の方がより指標が良くなっています。
この指標は脳内で明確に課題ができる状態を表す間接的な指標で、お金がもらえる方がより課題ができる状態が脳内で再現されていると言えます。
モチベーションを上げることは、行動として柔軟性が上がるだけではなく、脳内ではっきりとできる状態にまでもっていけているということです。
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なお、同じような研究を脳波で行ったのがHall-McMaster et al. (2019)です。
彼らは少しだけ異なる課題を使って、高額の報酬が与えられる試行と低額の報酬が与えられる試行とを区別して分析しています。
すると以下の図のような結果になりました。
この図の縦のカラフルな棒グラフのみ注目してください。
AとCはそれぞれ反応速度を示しています。
下に行くほど反応速度が速いことを示しています。
図Aでは、左側が低額の報酬の場合で、右側が高額の報酬の場合です。
一目瞭然ですが、高額の報酬の方が反応速度は速くなります。
図Cでは、左側が課題をシフトする条件で、右側が課題が同じままの条件を示します。
こちらも一目瞭然ですが、課題が同じままの方が早く反応できます。
BとDは課題成績を示します。
Bでは報酬での違いを、Dでは課題をシフトするかどうかです。
図Bと図Dより、高額報酬の方が正答率も高く、課題をシフトする時に成績が下がることを示します。
これら二つの研究をまとめると、柔軟性を高めるにはお金などの報酬によりモチベーションを上げることが有効だと言えます。
その時の脳内メカニズムとしては、柔軟性に関する脳領域である前頭葉の活動指標が良くなり、報酬がもらえる場合の方が課題に対する準備ができていると言えます。
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②柔軟性を高めるにはポジティブ感情が重要!
少し難しいお話をしましたが、最後にわかりやすく、かつ柔軟性を高める別の要因についてお話します。
それがポジティブ感情との関係です。
様々な感情を引き起こして、先ほどのような柔軟性を必要とする課題で実験したのがWang et a. (2017)です。
彼らは、ポジティブ感情・ネガティブ感情・ニュートラルな状態のそれぞれを引き起こす写真を見せて、その後に柔軟性を必要とする課題をさせました。
その結果が以下の図です。
この図の縦軸は、反応速度で、下に行くほど反応速度が速いことを示します。
黒が課題がそのままの条件で、白が課題をシフトする条件です。
左がネガティブ感情、真ん中がニュートラルな状態、右がポジティブ感情の場合をそれぞれ示しています。
すると、ネガティブ感情の場合は、棒グラフが長く反応速度も遅い傾向がわかります。
また、ネガティブ感情の場合でもニュートラル状態の場合でも課題をシフトする条件で反応速度が遅くなっていることがわかります。
しかし、ポジティブ感情の場合では、課題がそのままでも課題をシフトする場合でも反応速度に違いがあるとは言えない状態です。
つまり、ポジティブ感情は課題をシフトする時に伴う負担をなくす可能性があるのです。
この時の脳内メカニズムが以下の図です。
この図は、課題をシフトする時に活動する脳領域を表しています。
どの脳画像でも同じ領域が赤く光っており、この領域は前帯状回(ACC)と呼ばれる領域です。
前帯状回は葛藤状態を表す領域でもあり、今回では課題をシフトする時に前の課題から別の課題に移る時の葛藤や負担を示していると思われます。
この領域が活動するほど葛藤や負担状態を示します。
では、この領域の感情毎での違いを示したのが以下の図です。
縦軸が活動量を示しています。
上に行くほど活動が高いことを示します。
左がニュートラル状態で、真中がポジティブ感情で、右がネガティブ感情です。
黒が課題がそのままの条件で、白が課題をシフトする条件です。
すると、課題をシフトする条件で活動が上がっていますが、ニュートラルやネガティブ感情と比べて、ポジティブ感情では活動量が低くなっています。
つまり、脳内の葛藤状態や負担が低いことを示しています。
なので、ポジティブ感情は脳の葛藤状態や負担を減らして、柔軟に行動することに繋がると考えられます。
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③まとめ
以上より、柔軟に考え行動するための脳科学的な知見を見てきました。
まとめると以下のようになります。
- お金などの報酬によりモチベーションを上げると柔軟性が高まる。
- 報酬有りの場合、報酬無しの場合と比べて課題をシフトしたときの反応速度が速くなり、正答率も上がる。
- 脳内メカニズムとしては、報酬がある方が前頭葉の活動が良くなる。
- ポジティブ感情により柔軟性が高まる。
- ネガティブ感情やニュートラルな状態と比べて、ポジティブ感情では課題をシフトする時の反応速度が速くなる。
- 脳内メカニズムとしては、葛藤や課題シフトの負担で活動する前帯状回の活動がポジティブ感情によって下がる。
少し難しいところはありましたが、お金による報酬とポジティブ感情が柔軟性を高めるカギだと言えそうです。
例えば、お仕事では、柔軟な意志決定ができた人に特別褒賞を与えることでさらに英断を促す。
あるいは、常にポジティブな感情を抱けるような環境を作り上げる。
これらのことが職場の生産性向上にも役立つと思われます。
柔軟なアイデアを頭ごなしに否定したり、職場の雰囲気が良くなかったりなどは柔軟な思考と行動を妨げてしまいます。
個人それぞれが知っておくだけではなく、上の人にも理解してもらえるとより良い仕事ができるようになるのではないでしょうか。
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参考文献
Etzel et al. (2016). Reward Motivation Enhances Task Coding in Frontoparietal Cortex. Cerebral Cortex, 26, 1647-1659.
Hall-McMaster et al. (2019). Reward Boosts Neural Coding of Task Rules to Optimize Cognitive Flexibility. The Journal of Neuroscience, 39(43), 8549-8561.
Wang et al. (2017). positive Emotion Facilitates Cognitive Flexibility: An fMRI Study. Frontiers in Psychology, 8, 1832.
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