教育界の大きな話題の一つとして、非認知的知能の向上が挙げられます。
その中の一つが、感情を抑えて人間関係を維持する能力です。
この能力は、感情抑制(Emotion Regulation)と呼ばれます。
一時流行った、EQ(感情性知能)の代表的な能力です。
どんなにイラつく出来事があっても、人前で怒りを爆発させては人間関係を壊してしまいます。
感情を上手くコントロールすることは人生において大切な能力です。
しかし、感情を抑えるのが苦手な方や感情に上手く向き合えず悩まれている方は数多くいらっしゃいます。
今回は、心理学と神経科学(脳科学)の観点から、科学的に正しい感情の抑え方をご紹介します。
本記事では、以下のことが学べます。
・複数の感情コントロール法の中から状況に合った正しい方法を知る
・感情コントロールの脳内メカニズムを知る
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①感情コントロールの方法と種類
心理学の分野では、感情の研究は古くからあります。
しかし、感情を抑える方法については90年代の後半に研究が出始めました。
Gross (1998)によると、心理学的に確立している感情抑制法には主に二つあります。
一つ目が、再評価法(reappraisal)です。
これは、上の図の左側にあるように、感情が入ってきてすぐに行う方法です。
再評価法とは、ある感情を喚起する刺激の捉え方を変えて感情を抑制する方法です。
例えば、ある人が何の躊躇もなく並んだ列に割り込んできたとします。
普通は「なんで割り込んでくるの?非常識だな。イライラする」となります。
この時、再評価法では、「割り込んできた人おしゃれだな」と違う面を捉えたり、「割り込むほど急いでいるのかな?」と捉え方を変えたりします。
捉え方を変えることで、怒りの感情を抑えるのです。
次に、二つ目が、抑圧法(suppression)です。
これは、感情に駆られて行動しそうな時に行う方法です。
抑圧法とは、読んで字のごとく、沸き上がった感情を無理やりにでも抑え込むことです。
とにかく、表情とかに出ないようにします。
我慢に近いと思います。
Gross (1998)は、再評価法と抑圧法の二種類の方法を実験参加者にさせて、感情が抑制できているのかビデオ判定しました。
すると、下図の結果になりました。
この図の左側が再評価法を試した時。
真中が単に刺激を見ているだけ。
右側が抑圧法を試した時です。
この図より、どちらも真中の数値よりも値が低くなっています。
つまり、表に出る感情表現が抑えられています。
さらに、主観的な怒りの指標であるOverall disgustの欄も真中に比べて両端の方が値が小さいです。
このことから、再評価法も抑圧法も両方とも主観的に感じる怒りが抑えられています。
両方とも心理学的に効果があることが示されました。
一方、もう少し最近の研究になると、注意を逸らす(distraction)という方法も登場します。
Sheppes et al. (2011)は、以下の図のように、再評価法の前段階に注意を逸らすという方法もあることを指摘しています。
注意を逸らす方法とは、何か感情的にニュートラルなことを思いついてネガティブな感情から思考を逸らすやり方です。
例えば、「割り込まれてイライラ」している時に、「今日の晩御飯何にしようか?」と気を逸らすことです。
Sheppes et al. (2011)は、注意を逸らす方法と再評価法をどのように使い分けているのかを実験で試しました。
まず実験参加者に注意を逸らす方法と再評価法とを教え、その後にネガティブな感情を喚起させる写真を見せました。
その写真には、強く感情を揺さぶるものとあまり感情をゆさぶらない写真との二つがあります。
すると実験結果は以下の図のようになりました。
図の左側が感情があまり揺さぶられない写真を見た時に行った感情抑制法の割合。
右側が感情を強く揺さぶられる写真を見た時に行った感情抑制法の割合です。
この図から、感情的にあまり強く訴えかけられない時には再評価法が多く使用され、感情が強く揺さぶられる時には注意を逸らす方法が多く使用されることがわかります。
我々は、感情の強さによって適切な感情抑制法を用いています。
どうしても抑えられないという強い感情の時は、注意を逸らす方法を試してみるのがいいかもしれません。
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②感情コントロールの失敗と精神疾患
このように、感情のコントロールにはその場に適したものがありますが、適切に感情抑制ができなくなると、精神疾患に関係します。
Aldao et al. (2010)は、感情抑制法を含めた6つの感情との向き合い方と精神疾患との関係性を調べました。
結果は、以下の図になります。
Emotion-regulation strategyの欄が6つの感情との向き合い方です。
その中に、Reappraisal(再評価法)とSuppression(抑圧法)の欄もあります。
再評価法にはマイナスの値がついていて、抑圧法にはプラスの値がついています。
この図は、プラスだと精神疾患と関係することを示しています。
つまり、抑圧法は、感情抑制法としてはあまり良くない方法だということです。
Aldao et al. (2010)の研究から、その場に適した感情抑制法を使用しないといけないことがわかります。
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③感情コントロールの脳内メカニズム
最後に、比較的最新の神経科学(脳科学)の研究から感情抑制のメカニズムについてご紹介します。
Goldin et al. (2008)は、再評価法と抑圧法の脳内プロセスを見るために、実験参加者に両方行わせ、fMRIという機械で脳画像を取りました。
彼らの立てた仮説は、以下の図のようになります。
再評価法(Reappraisal)では、先ほどGross (1998)のところで説明したように、感情が湧きおこる前に行う方法ですので、脳も早くに活動してそれから時間が経つにつれて活動が下がります。
他方、抑圧法(Suppression)は、感情が湧きおこった時に抑圧しますから、すぐに脳が反応するのではなく、少し時間が経ってから活動します。
このように感情抑制の方法によって脳活動が異なると仮説を立て、そのような活動パターンを示す脳領域が感情抑制に関わるとGoldin et al. (2008)は考えました。
そして、そのようなパターンを示した脳領域が以下の図です。
この図のように、PFC(前頭葉)が活動することが示されました。
一番上の図を見ると、仮説と同じ脳活動を示していることが明確にわかります。
前頭葉は、行動の抑制に関わっている脳領域であり、理性的に抑える機能を果たします。
それが感情にも当てはまることをGoldin et al. (2008)は示しました。
ちなみに、感情抑制法をしている時、前頭葉が感情に関わる脳領域の脳活動を抑えていることもわかりました。
他にも、抑制することが苦手な患者さんと健常者とを比べた研究によって、Goldin et al. (2008)が発見した脳領域が本当に感情を抑える機能があることが後に実証されました(Tabibnia et al., 2011)。
つまり、感情抑制の脳内メカニズムとしては、前頭葉が感情によって活動する脳領域の活動を抑えることによって行われるのです。
今後の研究によって、ご紹介した感情抑制法よりもより効果的な方法が開発されるかもしれません。
楽しみですね。
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④まとめ
以上より、
- 感情抑制には複数種類があること
- 感情抑制は適切に行う必要があること
- 前頭葉が感情抑制に関係していること
これらのことが判明しました。
感情と向き合うのが苦手な方にとって少しでも本記事が参考になれば幸いです。
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参考文献
Aldano et al. (2010). Emotion-regulation strategies across psychopathology: A meta-analytic review. Clinical Psychology Review, 30, 217-237.
Goldin et al. (2008). TheNeural Bases of Emotion Regulation: Reappraisal and Suppression of Negative Emotion. Biological Psychiatry, 63(6), 577-586.
Gross (1998). Antecedent- and Response-Focused Emotion Regulation: Divergent Consequences for Experience, Expression, and Physiology. Journal of Personality and Social Psychology, 74(1), 224-237.
Sheppes et al. (2011), Emotion-Regulation Choice. Psychological Science, 22(11), 1391-1396.
Tabibnia et al. (2011). Different Forms of Self-Control Share a Neurocognitive Substrate. Journal of Neuroscience, 31(13), 4805-4810.
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